幻想の日々3




「よ。久しぶりだな」
 そう言って、飛空艇から頬に傷をつけた髪の長い男の人が下りてきた。
「久しぶりだな。セッツァ」
 ロックがそういって飛空挺から下りてきた人に近寄って握手した。
 しっかりと握手してロックが何か言い出す。
 ちょっと声が小さくて聞こえないけど、わたしのことかな?
 でもロックって、いろんな人と知り合いなんだ。こんな船の持ち主とも知り合いで、しかも親しそう。ロックって、すごい人なのかもしれない。そんな人とわたしは、本当に知り合いなの?
 記憶を失う前のわたしって、本当にどんな人なの?
 今のわたしとは違うの?
 わたしに記憶が戻ったら……今のわたしはどうなるんだろう。
 もしかして、今のわたしは……。
 嫌な考えを振り切るように頭を振る。考えたくない、そこから先なんて。

「彼に乗せてもらって、シド博士のところまで行くといいよ」
 突然声が聞こえて振り返るとエドガーが微笑みながら立っていた。後ろには、ティナも一緒にいる。
 この二人は二人で仲がいいなぁ。もしかして……?
「あ。ありがとう。飛空挺の手配してくれて」
 とりあえずお礼を言おう。変なこと考えてる場合じゃないし。
「いや。それよりこの飛空挺の持ち主。セッツァも、君と一緒に旅をしていたんだよ」
「え」
 もう一度、ロックと話してる人を見る。
 あの人も、わたしの知り合い?
 でも、全然覚えてない……。
「この飛空挺に乗ってケフカの住む塔まで行ったんだ」
 そう言って、遠い目をしながらエドガーが飛空挺を見上げる。
 とても大きく、銀色に光る帆の部分に木製の体。他にも、いろいろなものがついてあるんだろうけど今のわたしにはわからない。
 これに乗って飛んでいたと言われても。実感がわかない。
 本当に? 
「どうしたんだい? セリス」
 エドガーが不思議そうにわたしの目を覗き込んでくる。
「ううん。なんでもない。ただ、あまり実感なくて」
「まぁ。思い出したら大丈夫だろう」
「思い出したら……」 
 そしたら、今のわたしは?
「セリス! 行くぞ!」
 セッツァさんの隣でロックが手招きしている。
「わかった!」
 言ってからエドガーたちの方を向く。
「ホントにありがとう。わたしなんかのためにこんなことまでしてくれて」
「いや、困っている仲間は放っておけないよ」
「でも、ありがとう。ティナも、ありがとう」
「ううん」
「じゃあ、行ってくるね」
 わたしは軽く二人に手を振る。
「セリス!」
「ん?」
「やっぱり一緒に行くわ」
「え」
 ティナがはっきりと強い瞳でわたしを見る。
「でも。ティナはここを」
「わかってる。それはカタリナたちとも相談して来たの」
「でも、そんな。悪いわよ」
「行かせて。…今のセリス、昔の自分を見ているようで、気になるのよ」
 昔のティナ?
「おい、何やってるんだ? 早く行くぞ?」
 しびれを切らしたのか、ロックがわたしの隣にまで来て呼ぶ。
「あっうん」
 ロックに返事をしつつ、でもティナが気になって動けない。
「どうした?」
「ロック、わたしも連れて行って」
「ティナ」
 ロックがティナの方を、最初は驚いた顔で見ていたけどティナの真剣な顔を見ていたら、次第に表情が変わってきた。
 そして、軽くうなずくと飛空挺の所にいたセッツァさんに手を振った。
「セッツァ、ティナも追加な!」
「ロック……。ありがとう」
 ティナが呟くのを聞いて、何故か複雑な気分になる。
 わたしの知らない共有していること?
 そりゃあ、二人は今のわたしより互いに知ってることは多いだろうし。当然といえば当然かもしれない。
 でも、なんだかおもしろくない。
 記憶をなくす前のわたしなら知ってること?
 いや、そもそも記憶をなくしていなかったら、こんなことにはならなかったのよね。

「セリス。シド博士のことは覚えてるの?」
 飛空挺に乗り込み、部屋に入って窓を見ているときだった。
 急にティナが話しかけてきたから、窓から目を離した。
「少しだけど」
 ティナはベッドの上に座って、少し伏せ目がちでどこか表情が暗い。いつも、元気そうにしているのに。やっぱり何かあるの?
「わたしが、帝国を裏切る前。いろいろと帝国について迷っていた話を聞いてもらったりしていたの」
 言いながらティナの横に座ると、天井を仰いだ。
 あの頃のわたしは、虚しかった。
 皇帝がやっている侵略を否定できず、日々狂っていくケフカを止めることも出来ず。何も出来ず、ただ博士に話を聞いてもらうしかできなかった。
 そんなわたしを博士はいつも困ったような顔で聞いてくれた。
 表だって同意するわけにもいかず、かといって反対することもせず。でも、それだけでもよかった。博士はわたしにとって唯一の癒しだった。
「そう」
「……ティナ。どうしたの? なんだか元気ないようだけど」
「……」
 今日は口数がやけに少ない。
 いつもたくさん話してわたしに気を遣ってくれるのに。
 黙りこんだまま、床をじっと見ている。
「そういえば、さっき昔の自分を見ているようって言っていたけど。あれって」
「……」
 応えがないまま、時が止まってしまったような感覚。
「ごめんなさい。言いたくなかったら」
「同じなの」
「え?」
 突然口を開いてこちらを見る。
「わたしも、記憶をなくしたことがあるから」
「え……」
 言葉をなくしてしまう。
 ティナも記憶をなくしたことがある?
「わたし、帝国に操りの輪をされていた時期があるの」
「操りの輪」
 はめた人の意識を停止させ、意のままにする。
 なおかつ、外した後も記憶に少し障害があるかもしれない。
 そんなものをはめられていたの?!
「それで、少し記憶をなくしてたことがあって」
「……」
「わたしもセリスと同じように記憶を思い出そうとしていたわ。でも、思い出そうとする度に頭が痛かった」
「ティナ」
「だからっていうのもおかしいけど。今のセリスの力になれると思うの」
「力に」
「だから、悩みがあったらいってほしいの」
 悩み……。
「どうして、わたしにそこまでしてくれるの? 仲間だったから?」
「それもあるけど」
 困ってるようにティナが眉を上げて、ひそやかに笑う。
「友達だからかな」
「え?」
「仲間はたくさんいるけど。セリスは初めて友達になってくれたの。だから」
 友達……でも、わたしは全然覚えていない。
「わたしは、ティナのことを覚えていないのよ?」
「え?」
「今のわたしはティナのことを覚えていない。それに。記憶が戻ったって、今のわたしに記憶が戻るのかわからないじゃない。わたしはセリス(わたし)であるけど、でも前のわたしとは全然違う人物なの!」
 みんなが記憶を取り戻す手伝いをしてくれる。
 わたしも記憶を取り戻したい。
 そうしたら、あの時ロックに怪我をさせることもなかった。怪我を……。
 でも、記憶を取り戻したらわたしは?
 今のわたしは一体どうなるの?
 日ごとに増してきた不安。日ごとに増してくる寂しさ。
「前とは違うから。だから……」
 わたしは何?
「でも、セリスはセリスよ」
 ティナはわたしの目を見てはっきりと言い放つ。
「記憶はなくなっても、セリスは変わらないわ。大丈夫よ。おびえないで」
 そんなこと……。言われても、実感がわかない。
 わたしが何かわからないのに。肯定されても、わからない。
 昔のわたしなんて、今のわたしにはわからない。
 ティナたちとどんな関係だったのか、ロックとどんな関係だったのか。
 何もわからなくて、頭が混乱する。誰か……助けて……。






「ねぇ、そういえば今度の獲物ってなんなの?」
 暗くてジメジメした洞窟の中、ロックとわたしの持つ松明だけが頼りの小さすぎる光。
 その光の中、わたしとロックは道を踏み外さないように慎重に歩いて行く。一歩でも踏み外せば即下の階に落ちてしまうという細すぎる長い道。ロック曰く、ここを抜けたら今回の獲物まで後少しらしい。
 いつもなら、行く前にどんなものを狙っているのか教えてくれるのに。今回はいつまでたっても教えてくれない。
 今回は、なんだかおかしい。
「ん? いやほら、それは成功したら教えるって言っただろ? 来る前に」
「そうなんだけど」
 でも、そこまで隠されたらなんだか気になる。
 と、いうより。不安になる。
 ロックが変に隠し事をしたら、わたしがいけないことでもしたのかとか思ってしまう。
 戦いが終わって、ロックとこうして二人でいることが多くなったけど。ロックは何も言ってくれない。
 わたしも怖くて言えない。
 ロックがレイチェルさんにさよならを告げたとしても、わたしがロックに対する気持ちを言っていいってことにならない。
 でも、こうして一緒について来ている。それぐらいは許されてると思いたい。
 それだけは……。






 トントン。

 木のドアを叩いて反応を待ってみる。
 潮風が髪や頬を撫ぜて過ぎ去っていく。
 わたしの隣にはロックがついてきてくれてる。
 本当は、遠慮したんだけど・ロックがどうしてもって聞かなかった。ティナたちにはさすがに悪いから飛空挺で待ってもらっているけど。
 世界の端っこにあるような、名もない小さい島。そんな所に丸太小屋というような簡単な造りの家が一軒だけ建っていた。
 ここに、シド博士が暮らしている。そして、世界が崩壊した後わたしも少し博士と一緒に暮らしていたらしい。
 でも、やっぱり覚えていない。
 ここに来て、実際立ってみても。やっぱり実感がない。
「どなたじゃ?」
 しわがれた声と共にドアがゆっくりと開かれて、懐かしい貌が覗いていた。
「シド…博士?」
「なんと!」
 ドアが思い切り開かれて、シド博士が笑顔で出てくる。
「セリスか!」
 博士は出てくるとわたしを全身一度見てから、泣き笑いのような顔になる。
「久しぶりじゃのう。元気だったか?」
「博士」
 隣にいたロックが呟いたのを聞いて、初めて気がついたように博士はロックを見る。
「おぉ! お前さんか! なんじゃ? 二人して? とうとう結婚でもするのか?」
 博士が冗談で笑いながら言ってるのはわかってる。でも、どうしてか頬が赤くなってドキドキしてくる。
 やだ。そんなこと、あるわけないじゃない。わたしとロックは別になんでもないんだから。
 多分。昔のわたしはわからないけど。
「ちっ、違うの博士! 実は、困ったことが起こって」
「何? まぁ、立ち話はなんじゃ。上がりなさい」
「ありがとう」
 言われてわたしとロックはゆっくり部屋に入っていく。

 中は心地よい木のにおいで包まれていた。
 木でできたベッドと机、椅子が一つずつ。すごく簡単な部屋がいかにも博士らしい。
 どこか、懐かしい部屋の雰囲気。
 やっぱりわたしは、この家を知っている?
「で、どうした?」
 座る場所がないから戸惑っているとベッドに座るように促されたからロックと一緒に座ってみる。
 隣に座ると、それだけで頬が熱くなる気がする。
 急にわたし、どうしちゃったの?
「えっと」
「ん?」
「博士。わたし記憶がなくなったの」
「……ほう」
 あれ? それだけ?
「えっと、どうやらその。ロックたちと一緒にいた頃の記憶がないらしくて」
「ふむ」
「それで、その」
「で、セリスはどうしたいんじゃ?」
「…わたしは」



 

幻想の日々4へ


戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送