幻想の日々4




「どうして答えなかったんだ?」
 シド博士が今晩泊めてくれるというので、わたしたちはその報告をしに飛空挺へ向かっていた。
 博士から離れて開口一番に彼はそう言う。
 無理も無いよね。
 わたしは、記憶を取り戻したいか聞かれて答えられなかった。
 取り戻したいのはホント。もう、ロックに怪我をさせるなんて絶対に嫌。
 でも、取り戻すのが怖いのもホント。
 だから、言えなかった。
「……ロックは、わたしが記憶を取り戻したら嬉しい?」
「ん?」
「わたしは……なんだか怖い」
「セリス……」
 ロックが目を丸くして歩みを止めた。
「記憶を取り戻したら、今のわたしは消えちゃって。記憶をなくす前のわたしになる。今のわたしは消えちゃう気がする」
「え?」
「消えちゃうの。わたしは。それでもあなたは!」
「ちょっと待てよ。落ち着けって」
 ロックがわたしの肩をキツク掴んで抱き寄せる。
 彼の体に顔を埋めると洗い立てのシャツのようないい匂いがする。その匂いに身を任せそうにあるけど、そんなことはしてはいけない。  勢いよくロックを突き飛ばすようにして彼から離れる。
「こんな風に優しくしないで」
「セリス……」
 ロックが戸惑っているのがわかる。
 ロックにとっては、わたしは記憶を失う前とそんなに変わりない。ただ記憶がないというだけのわたし。でも、わたしにとっては、前のわたしなんて別人。
 戸惑うのは、同じ。
「わたしは、わたしはロックが!」
「セリス。遅かったじゃない? どうしたの?」
 わたしの声は、飛空挺から降りてきていたティナの声に消された。
 ティナはわたしたちの姿を見ると、不思議そうに首を傾げながらこちらへ向かってくる。
 今、わたし何を言おうとした?
 思わず口を手で覆う。
「セリス?」
 ティナの声がさっきより近くに感じられて、我に返る。
 目の前には驚いた顔のロック。近くには不思議そうな顔をしているティナ。
 わたし……何馬鹿なことを。
「ごめんなさい!」
 それだけ言って、二人に背を向け反対方向へと走っていく。
 咄嗟のことで言ってしまうところだった。
 気がついてしまった。
 自分がロックに何を言おうとしていたのか。ロックのことをどう思っているのか。
 まだ会って少ししかたってないのに。でも、こんなにも大きな存在になっている。
 ロックにしてみれば、わたしのことは前から知っている存在。でも、今のわたしは違う。ロックとはこの前初めて会ったに等しい。
 なのに。わたし。いつの間にか…………。

 ロックを、好きになってる――。




「なぁセリス」
「ん?」
「セリスはどうして毎回俺のハントに付いて来るんだ?」
 突然言われて言葉に詰まる。
 そんなこと言われるなんて、考えてもみなかった。
 自然と歩みが止まって、一人たたずんでしまう。幸い、ここにはそんなに危ない獣は出てこないから止まっても危険はない。
「迷惑、だった?」
 ロックにしてみれば、わたしなんかが付いてきても迷惑なだけかもしれない。
 一応自分の身は自分で守れるといっても、旅で必要な知識なんかは少ない。
 一緒に旅をするようになってからも、ロックに物事を教わるばかりで足手まといと言われれば否定できない。
 今となっては魔法が使えないから怪我をした時、回復してあげることもできない。
 欠点ばかりが目について、自分が嫌になる。
「いや、違うって!」
 ロックがわたしの方を振り向いて慌てて答える。
「ただ。俺ってホントに自分の為にしかハントしてないだろう? エドガーに寄付するでもなく、オークションに出すでもなく。ただ自分が見たかったり手に入れたかったりするからハントしているしさ」
「ロック……」
「だから、どうなんだろうって」
 申し訳なそうな顔でロックが話す。気にしていたの? わたしのことを?
 そう思うと気持ちが軽くなって、嬉しくなる。
「大丈夫よ。気にしないで」
「そうか?」
「うん。第一、いつもわたしの方が連れて行ってって頼んでいるんだもん。それより、早く今回の宝を取って帰りましょ? あまり遅いとティナたちが心配するわよ?」
「そうだな。よし」
 ロックは頷くと前を向いて歩き出した。
 その後をわたしも付いていく。
 まだ、このままでいいよね?
 このまま一緒に、いれるだけで。まだいい。
 そう思わなきゃ…………。




 ティナとロック背を向けたまま走って、シド博士の家をそのまま通り過ぎて、気が付いたらわたしは丘の上にいた。
 いや、丘というよりは絶壁の上?
 下を見ると、遠くの方で海が波しぶきをあげていた。
 このまま落ちたら確実に死にそうな高さ。
 わたし、こんな所まで上ってきたの?
 自分で自分が信じられない。これも、記憶をなくす前の自分が培ってきたものの賜物なのだろうか?
 記憶をなくす前の自分は体力も腕力も人並み以上。帝国の将軍だけあって強かったらしい。ケフカも倒しちゃうほどだし。
 でも、今のわたしには何もない。
 帝国にいたころの記憶はあるけど、力がない。どうしてかわからないけど、戦い方を全く覚えていない。
 だから、ロックに怪我をさせてしまった。
 ここへ来ても何も変わらない。記憶は戻らない。かといって、帝国にいたころのわたしともどこか違う。
 全くの別人。
 だからこそ? 記憶が戻ったほうがいいのは。だからこそ、わたしはいなくなるべき?
 記憶が戻る前のわたし…………。

「セリス!」
 強くわたしを呼ぶ声。
 でも、振り向けない。
 背中で荒々しく息を吐いている。
 振り向けない。あんなことを言いかけて、自分の気持ちに気が付いてしまって。
 羞恥心、嫌悪感、寂しさ。いろいろな感情が胸の中に湧き上がって、収集がつかなくなる。
「ごめんな」
 一言、そう言って彼の気配が近くなる。
「お前の不安に気が付いてやれなくて」
 彼が誤る必要などないのに。全て、わたしが記憶をなくしてしまったせい……。
「ティナにさっき言われた」
 ティナが?
「セリスが不安定なのに、追い討ちをかけるなって」
 ティナが……。
「そういやそうだよな。記憶をなくして一番困ってるのはお前だし。俺が沈んだり無理にこう。思い出させようとするのもなんだか変な感じだし」
 やめて。
「お前のことに気が付かなくて、ほんと。悪い」
 もう、謝らないで。わたしが悪いの。わたしが記憶をなくして、あなたを好きになったから。
 だからこんなに苦しいだけなの。
 わたしが元のわたしならこんなに悩まなかった。こんなに、苦しまなかった。
 あなたが自分を責める必要は、どこにもないの……。
「でもな」
 彼がそう言うのと、彼の匂いにわたしが包まれるのと、ほぼ同時だった。
 彼に包まれている?

「俺は、お前が消えるとは思わない」

 え?
「確かに、記憶をなくす前のセリスも今のセリスも違うところはある。それは否定できない」
 やっぱり、わたしと前のわたしは違う……。
「でもな。ほら、人間って一辺倒じゃないだろ?」
 ん? 意味が急にわからなくなる。
「いろんな面が人にはあると俺は思ってる」
 あぁ、そういうことか。
「だから、これもセリスの姿なんだと思う」
 わたしの、姿?
「俺が見てきたのは、セリスのほんの一部分でしかなかったんだと思う。それが、記憶をなくしたことでまた新しいセリスを見ることができた」
 じゃあ、わたしは別人じゃないの? 前のわたしと今のわたし。どちらも『わたし』?
「それでさ、ますます思った」
「なに、を?」

「俺、セリスの事が好きなんだなって」

 息が、止まるかと思った。
 今、なんて言ったの?
「ロッ……ク?」
 わたしが何か言う前に、ロックはわたしの肩に手をかけ、ゆっくりと体を一八〇度回転させた。
 目の前には優しい瞳目をしたロックがいて、優しくわたしの髪を撫ぜた。
「本当はさ。もっと前に言うつもりだったんだけど」
「前?」
「記憶をなくす前」
 なくす前のわたし……。
「セリスが記憶をなくしたのは、俺のせいなんだ」
「え?」
 どういうこと? ロックのせいで?
「あの日。いつものようにハントに出かけたんだ。そこで、セリスは」
 そこまで言いかけて、ロックの後ろに大きな影が見えた。
 それを見た瞬間。何かが弾けた。
 頭が真っ白になり、気がついたらロックの腕を引っ張りどこか遠くへと投げていた。
 目の前には、大きな鳥のようなものがいて大きな翼を動かしていた。
 その翼でできた風に煽られて、わたしは飛ばされる。
 気がついたら、足元に地面はなく足が不安定に宙を浮いていた。
「セリスー!!」
 わたしを叫ぶロックの声が聞こえる。でも、姿は見えない。
 前には崖と空が見える。…崖?
 体が重力を感じなくなって、代わりに引力を感じる。
 落ちているの?
 そう認識するまでに結構時間がかかったと思う。
 でも、わたしはこれと同じ事を覚えてる。落ちる感覚。
 知っている。そうだ、わたしは……。




「よし、お宝手に入れたーっと」
 明るい声でそう言って、ロックは宝箱の置いてあった台座から軽快な足取りで戻ってくる。
 片手で持ってるってことは、結構小さいものだったみたい。
「ロック。いい加減教えてよ。それ何?」
 尋ねるとロックが少し照れたように顔を赤くしている。
 そんなに言うのが恥ずかしいもの? それって、何だか怪しくない?
「あぁ。わかってるって」
 ロックがもったいつけるようにこちらへやってくる。
 おかしい。
 いつもならわたしも宝箱開けるところまで行ってるのに、今日に限ってその一歩手前で待機。
 わたしが見ちゃいけないものだった? でも、それなら連れて来ないだろうし。
 全然わけがわからない。ロック、どうしちゃったの?
「実はな」
 こっちに戻ってきてもロックは片手に握り締めてわたしに見せないようにしてる。
 そうまでして隠すものって一体何?
「ロック。早く」
 そこまで言いかけた瞬間。
 ロックの後ろに獣の姿を見つけた。
 考えるより先に体が動いた。
 ロックを安全そうな所へ押し飛ばして、わたしが獣の前に立ちはだかった。
 油断した。いつもなら、気配でこうなる前に対処できたのに。
 焦りだけが先行し、わたしが剣を抜こうとした時体に衝撃を感じた。
「セリス!」
 ロックが叫ぶ声が聞こえる。それよりも速く、わたしの体は吹き飛ばされて空中で弧を描くとそのまま落ちていく。
 レビテトも使えない今の状態じゃ落ちるしかない?
 ロック!!




 手に、温かくて柔らかいものが触れている気がする。
 そっと目を開けると、ロックがわたしを覗き込んでいるのが目に入った。
 青い顔をして、こちらを見ている。
「ロッ……ク……?」
 名前を呼ぶと、安心したように震える息を吐いた。
「セリス」
 わたしの名前を呼ぶ声に心が跳ねる。
「ロック。怪我、ない?」
「馬鹿やろう!」
 大きな声でわたしを叱るロック。
 その目には、少し涙が浮かんでいる?
「俺よりお前のほうが……」
 ロックが、悲しんでいる。
 わたしの、せい?
「ごめん、なさい」
「頼むから、もうあんな真似はするな。お前まで、失いたくない」
 それは、レイチェルさんのことを言ってるの?
 わたしとあの人を重ね合わせている?
「ごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまって」
「え?」
「それに。ハントの邪魔までしてしまって」
「セリス」
「無理についていったのに、足を引っ張ってしまったのね。わたし」
 ロックを見ると惚けた顔でこちらを見てる。
 あれ? 何か変な事言った?
「セリス」
「はい?」
「記憶、戻ったのか?」
 記憶? 戻った?
「何のこと?」
「え?」
 わたしが尋ねると、ロックの顔が固まった。
 え? 一体どういうこと?
「……ここがどこかわかるか?」
 そう聞かれて初めて周りを見回してみる。
 あれ? 何だか変。
 わたしたち確かモブリズにいたはずよね? ティナと一緒にいたはず。でも、こんな部屋じゃなかったはず。
 ここは机も椅子も一つしかない。それに、タンスがないのがおかしい。でも、どこかで見たことのある懐かしい部屋。
 どこだったか、思い出せない。
「じゃあさ、俺が言った事覚えてる?」
「ロックが言った事?」
 言った事?
「このハントが終わったら言いたい事がある?」
「いや、そうだけど。そうじゃなくて」
 そうじゃない?
 なんだかロックが焦ったように必死に何かを言おうとして、口を閉じたり開けたりしている。
「……もしかして、本当に覚えてない?」
「だから何の事?」
 そう言うと、ロックががっかりしたように肩を落として沈黙する。
 わたし、悪いこと言った?

「まぁ、いいか」
 今度は一人で納得してズボンのポケットをごそごそと探る。
 わたしには、相変わらず説明なしでわけがわからない。
「仕切り直しだな」
 そう言うと、ポケットから小さい何かを出して、わたしの指にそっとはめる。
 少し大きいけど、左手の薬指にあまるソレには透明な石がついている。
「ロック、これ」
「それが今回の獲物。『クイーン・ティアドロップ』昔栄えた国の女王が王に婚約の証として贈られたものだそうだ」
「これが」
 これを必死に隠していたの?
「でだ、セリス」
「何?」
「もう一回しか言わないから、絶対に忘れるなよ」
「だから何?」
 そんなに念を押さなくても。
「俺はな……」



 

終わり


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