鏡の魔力(2)





「ロック。なんだか機嫌悪くない?」
 椅子に座って、心無しか頬を膨らませているロックの顔を覗き込んでみる。
 かなり大きかった服から子ども用の服に着替えて、頭にはいつもより少し小さめなバンダナを巻いている。少しほ骨ばった手は肉付きのいい手になって、頬にも大人の顔とは違って少しふっくらして灰色の目がうつもより少し大きい。これが、ロックの子ども時代。一度見てみたかったロック。そう思うと、少し頬が緩んでしまう。とうの本人は大変なのはわかってるけど。
「なんだよ。セリスまで笑うのか?」
「違う違う。ただ、嬉しいなって」
「?」
「ほら。ロックの小さいころ見たいって前に言ったでしょ? だから、ちょっと嬉しいの。本当はこんなこと思っちゃだめなんだけどね」
 そういうと、ロックは大袈裟に息を吐いてわたしに向かって手招きする。
 なんだろう? って、顔をさらに近づけると突然ロックがわたしの唇に自分の唇を重ねる。突然の出来事で頭の中が真っ白になってしまうけど、それ以上の事はしないでロックの唇はすぐに離れてしまった。
「これで勘弁してやるよ」
 ぶっきらぼうに言って顔を背けるロック。かわいいのと恥ずかしいのとが一緒になった気持ちが溢れて顔が熱くなる。ロック今、今何したの?! わかるけど、突然すぎて頭がついていかない。
 変な沈黙が場を占める。なんだか微妙に気まずい。普段ならロックがこんなことしても気まずくなることなんてないのに。やっぱりこれも、ロックが子どもになってしまったから?


「セリス! こんにちは〜!」
「邪魔するぜ。お二人さん」
 甘くかわいい声と低くて少しかすれたような声がノックもしないで突然家へと上がりこんで来る。
「リルム!」
「セッツァー!」
 わたしとロックは同時に声の主の名を呼ぶ。そして、満面の笑みを浮かべた悪魔な二人組み。見える見える、二人の背中に黒い翼と黒くて三角の尻尾が・・・。
「うわ〜、マジでチビになってんじゃんロック」
 真っ先にロックへと近寄り頭を軽く叩く。そのいかにも子どもっぽい扱いにロックは顔を赤くしてセッツァーに怒鳴った。そりゃ、わたしにすら少し怒るんだもん、セッツァーになら余計、かな?微妙に相性悪そうだし。
「セッツァーに教えたの、リルム?」
 隣にすすっと来たリルムへと半ば抗議するように言ってみる。リルムはもちろんと頷いてきししと独特の笑い方でこちらを見る。
「せっかく二人きりだったのに、残念だね〜」
「別に、そんなことないわよ!」
「大声出すのが妖しいねぇ」
 まるでおしゃべりな近所のおばさんみたいな反応。ストラゴス、絶対育て方間違えてるって。
「あのね、リルム」
「照れない照れない、そいや、ティナたちは?」
 駄目だ。今のリルムには勝てない気がする。このまま、振り回されそう・・・。
「ティナたちなら買い物に行ったわ」
 気を取り直して答える。これ以上リルムのペースでいかれたらまずいことになりそうだから。ここでわたしが取り戻さなきゃ! この言葉をきっかけにしてティナの話に逸らして。
「買い物? どして? 宿に泊まってたらご飯いらないでしょ?」
 キョトンとした顔のリルム。確かに宿だしお金払っている間の食事は出る。出るけど。
「ロックたちがこんな体になったから服とか買ってもらってるのよ。さすがにいつもの服をきるわけにはいかないから」
 特にエドガーは王様。あんな豪華な服で子どもうろうろしてるのを見られたら怪しまれるし、下手したら誘拐なんてことにもなりかねない。・・・そこまで心配して、その心配は意味がないと気がつく。
 いくら子どもとはいえ、一国の王。そしてエドガーの戦闘能力は高い。いくら小さくて力がなくてもそれ相応の護身術を身につけているよね、王ならなおさら。
 なんだか、それを思うと嫌な子どもだなぁ。ティナは喜んでいたけど。
「そっか。何かと物入りだねぇ。あたしの服貸そうか?」
 ニヤニヤしながら無茶を言ってくる。そんなことできるわけないでしょうが。
「での残念。ティナたちもからかってあげようと思ったのに」
 つまらなそうにわたしの近くにある椅子に座るリルム。この子、本当に子悪魔・・・。出会った時もそうだけど、小悪魔っぷりにますます拍車がかかっているわ。
「しょうがない。セリスをからかうか」
 極上の笑顔をわたしに向け、視界が一瞬白く染まる。その後、なんだか視界が歪んだ。からかうって、わたし?!
 頭が真っ白になるわたしの耳に響いたのはロックのセッツァーを怒鳴る声。何を言ったのか知らないけど、顔を真っ赤にして怒ってる。わたしたち、もしかしなくてもケフカ以来の大ピンチ?!




「かわいい坊やね。お買い物?」
「どこから来たの? 見ない顔よね?」
 なんなんだろう。この人だかり。この甘い声。そして、それは全部エドガーを中心にできてるこの状況。なんだか、胸がムカムカする。
 エドガーやロックが小さくなってから2日目。1日目はストラゴスに説明を受けてからロックたちはすぐに寝ちゃって買い物に行けなかったし、代わりに今日ちょっとしたものを買いに行くことにしたんだけど・・・。
 なんだか、エドガーが女の人に囲まれてるこの状況が嫌。しかも周りにいるのはかわいい人や綺麗な人ばかり。思わず自分を見てしまう。
 緑の髪に、ぺったんこな胸。ひょろりとした手足に肉のない体。どれをとっても女の子として何か足りない体。一緒に戦ったセリスとは全然違う体。
 こんなわたしがエドガーのこんな状況を見て嫌な気持ちになるのは間違ってるかもしれないけど、でも。なんか嫌。
「気にしないで下さい。お姉さんたちの手を煩わせるわけにはいきませんよ」
 そんなことを言って、ますます女の人たちからの甘い声をもらってるエドガー。後ろにいるわたしの存在が霞んでいく気がする。わたしにはこんなこと思う資格はないけど。
「ね、お姉さんが服買ってあげましょうか?」
「いえ。大丈夫です。ね、ティナ」
 エドガーがわたしに向かって笑う。さっきまでは他の女の人に向けていた笑顔をわたしに・・・。胸がチクチクする。なんだか、変。今までこんなこと思ったことなかったのに。
「あら、別にいいわよね? お姉さん?」
 女の人の一人がわたしに了承を求めてくる。エドガーのお姉さんに思われているのかな? 髪の色とか目の色とか違うのに・・・。
「えっと。エドガーがいいって言うならわたしは別に」
「ティナ?」
 「決まりね」
 わたしが答えた瞬間、女の人たちは笑顔になってエドガーの手を引っ張っていく。わたしはその姿をただ見てるだけ。持っている荷物の袋に力がこもる。


「これなんて似合うんじゃない?」
「こっちの方がいいわよ」
 少し遠くに離れてエドガーの様子を見ることにしたら、女の人たちはますますエドガーにべったりとし始めた。店員さんまで加わってエドガーに着せ替えごっこをさせてる。なんで、こうなっちゃったんだろう。わたしが断らなかったのが悪いんだけど。でも、でも。
 エドガーだってまんざらじゃない顔してる。エドガーは誰にでも優しいから。特に女の人には誰にでも優しいから丁寧に接してるし、それがますます女の人たちを喜ばしてるし・・・。面白くない。
 エドガーから視線を外して店内にある服でも見ようかな。
 ケフカを倒してからもこうしてゆっくり服を見る機会なんて少なかったし、ここはわたしがいつも行くようなツェンとは違う服がたくさん置いてある。これはこれで貴重よね。あの子達に買っていったら喜ぶかしら? あの子達、大きくなるのが早いからすぐに服が必要になるし。それにたまには誰かのおさがりじゃなくて、新しいものを買ってあげたいな。
「何かお探しですか?」
 いろんな服を見ていたら当然かもしれないけど、店員さんに話しかけられた。
「あっはい」
 顔をあげると、少しだけぽっちゃりとした体系の爽やか笑顔をした男の人がこっちを見ていた。こんな店員さんもいたんだ、とぼんやり思う。
「貴方のような人にはこんな服がいいと思いますよ?」
 そう言いながら薄手の袖がない服をわたしに見せてくれる。あぁ、そうか。じっと見てたからわたしの服を買いに来たのかと思われているのかも。
「いえ。わたしは」
「それとも、こちらがいいですか?」
 今度は胸元がおおきくあいた服を見せてくれる。こんな服、わたしよりセリスの方が似合いそう。胸、大きいしなぁ。
「だから、わたしは」
「失礼します」
 わたしと店員さんの間に突然エドガーが割り込んでくる。あれ? いつの間に?
「ティナ。買い物終わったし、行こうか」
「へ?」
 頭が?になるわたしの手を引いてさっさとエドガーは店を出て行ってしまう。エドガーのもう片方の手には最初の店で買った紙袋が握られてる。ここで、買い物しなかったの?
 店を出てひたすら歩くエドガー。小さい手に握られて、少し心臓速く動いちゃう。どうして? エドガー、あのお姉さんたちは? どうしてわたしの手を?
「エドガー」
「ん?」
 歩くのを止めたエドガーが振り返っていつもの笑顔でわたしの顔を覗き込んできた。いつもの顔。他の人にも向けられる顔。他の、女の人に向けられるのと同じ顔。
 胸がまた痛くなる。チクチクと。
「……や」
「ん? どうした? ティナ?」
「……嫌」
「え?」
 エドガーの顔に曇りが見える。・・・わたし、何言おうとしたんだろう。エドガーを困らせること言うつもりなかったのに。
「なんでもないわ。気にしないで」
 笑ってエドガーより先に行こうとして、手を引かれる。
「ティナ?」
「……。なんでもないの。ほんとに」
「でも」
「それより、あのお姉さんたちはどうしたの?」
「お姉さん?」
「ほら、一緒にいたじゃない」
「あぁ」
 そう言って、さっきとは違ってとてもとても柔らかく微笑むエドガー。なんだか顔が熱くなってくる。やだ、ほんとにわたし今日どうしちゃったんだろ。 「大丈夫だよ。ティナ」
「え?」
「今の私にはティナしか見えないから」
 さらりとそんなことを言って、わたしの手をもう一度優しく取った。手から体の奥へとなんだか熱が走る。わたし、ほんとにどうしたの? エドガーは時々こう言うせりふやこうして手に取るけど、今までこんなに心臓が速くなることなかったのに。わたし、風邪にでもなったかも。
「さ、早く戻ろうか。セリスたちが待ってるからね」
「・・・ええ」
 自然に笑みがこぼれる。
 風邪なのかもしれない。違うかもしれない。でも、今のこの心地よさはかわらない。エドガーに自然にこぼれる笑み。これがなんなのか、まだわからないままでもいいかもしれない・・・。


つづく


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