鏡の魔力





 事の起こりはそう。わたしがあんなことを言ったからかもしれない。でも、そんなことが本当に起こるなんて思ってなかった。後悔なんてだれでも後になって思うことだけど。でも、わたしがあんなことを言ってしまったからだから、今こんなことになっているのかもしれないと、考えないではいられない。






「そういえば、ロックが小さい頃ってどんなのだったの?」
 ベッドに入り、ロックの方を向いて口を開いた。
 ロックは仰向けになって少し眉を寄せながら天井を見てる。聞いちゃいけないことだった? と、少し不安になってしまう。
「小さい頃?」
「嫌ならいいの。少し、気になっただけだから」
 そう言うと、わたしの頭の上にロックの大きな手が添えられてなんだか嬉しくなってしまう。
「別に嫌じゃねぇよ。ただ、悪いことばっかしてたなぁって思い出しただけ」
「ん?」
「いやほら。ガキの頃は本気で悪さしかしてなかったからさ。親に怒られてばっか」
「そうなの?」
「だから、聞かせるような話ないんだよなぁ」
「ふうん。なんかワンパクって感じ?」
「そうだなぁ」
 今のロックをそのまま小さくした感じなのかな? 想像してみるけど、いまいちピンとこない。
「その頃のロックに逢ってみたいな」
「俺に? いや、セリス幻滅しないかな心配だ」
 そんなことないのに。って、思うけど結構本気で心配してそうなロックに思わず口を閉ざしてしまう。そこまで酷いの? よくわからないけど。多分わたしとは随分違うんだろうなぁ。わたしは帝国にずっといたし。
 ロックとわたしじゃ、全然違う生活だったんだろうと思うと少し、心が痛い。今はこうしてわたしの隣にいてくれる。わたしにとってかけがえのない人。
「大丈夫よ、そんなに考え込まなくても」
 ロックのサラサラした髪を触って目を見る。
 大丈夫、その頃のロックに逢ってわたしが幻滅するはずない。だって、こんなに素敵な人なんだから。






「大丈夫じゃ。その呪いは確か2、3日で解けるはずじゃ」
 ストゴラスが笑いながらロックを見る。さっき散々笑ったのにまだ笑われて、ロックは思い切り不機嫌な顔してる。
「またまた二人とも可愛くなったねぇ」
 ストゴラスの隣でリルムがニヤニヤと笑いを浮かべてるのを見て、ロックの顔が赤くなる。可愛いって、思っちゃ駄目かな。本人困ってるんだし。
「とはいっても、わたしがこうなったのはロックのせいだろう?」
 エドガーが溜め息をつきながらやれやれと首を振る。その仕草と容姿があっていなくて、なんだか変な感じ。
「悪かったな」
「別に。これはこれで、楽しめるのではないかと思っているし。それに元に戻るのなら問題はないよ」
「そうね。エドガー、なんだか可愛いし」
 ティナが微笑み、嫌味のつもりで言ったエドガーはそれ以上言葉を言えなくなってしまう。さすが、ティナってところかな?






「鏡?」
「そ。なんでも、魔大戦以前に作られたもんで、魔力が込められてるんだとよ」
「それを狙ってるんだ」
 呟いて前を歩くロックの背中を追いかける。目指すはサマサの村から東にある山の中。と、言ってもわたしは今回久しぶりにリルムたちに逢えるから村の手伝いをしてハントには行かないけど。だから、ロックとはサマサの村に着いたらしばらくお別れ。
「ロック、いつも思うけどそんな情報どこから仕入れるの?」
「いろいろだな。今回のは前家にきた行商人から聞いた」
「へぇ」
 いろんな人とつながりがあるのだと思う。そういえば、わたしと初めて逢った時、ロックは行商人の服を着ていたっけ。なら、繋がりがあってもおかしくない?
「でも、それを手に入れてどうするの?」
「んー」
 毎回思う。手に入れた後いつの間にか家の中から消えているところを見ると売るか何かしているとは思っているけど。でも、それがどこへいったかは知らない。
「それもいろいろだな」
 それっきりロックは黙ってしまう。黙るのは別にいいんだけど、そんなに言いにくいほどいろいろあるの?
「じゃあ、今回のその鏡はどうするの?」
「あぁ。エドガーにやる予定」
「エドガー?」
 何だか意外な人物が出てきた? 鏡を欲しがっている?
「そ。なんでも昔盗まれていたものらしくて。それを回収するんだと。んでもって、もう村には着いてるはずかな」
 やっと目の前に見えてきた村を指差すロック。長い船旅だった。船には弱いっていっていたロックがここまでがんばるのもすごい。それだけハントという仕事に対してはすごいのね。まぁ、そんなところもいいところだと思うし。
「あいつらは飛空挺だと。俺らは気分悪くなりながら船だっていうのに」
「やっぱり船は駄目?」
「っつうか、無理」
 振り向いたロックの顔は真っ青。いや、青を通り越して白いかもしれない。
「ロック、大丈夫?」
 慌てて駆け寄ろうとするけど、片手で制される。
「後少しだしゃい、これくらい耐えれないと格好悪いだろ?」
 そう言って微笑もうとするけれど、その瞬間顔が歪み口元を抑えてわたしの横を走って通り過ぎる。そのままデッキから下へと猛スピードで降りる音が聞こえた。
「……やっぱり、駄目だったのね」
 まぁ、それもロックらしいと思うけど。






「ロック……?」
「エドガー?」
 わたしとティナは目の前に居るロックとエドガーの姿を見て呆然としてしまう。でも、それ以前に呆然としているのは部屋に備え付けられている大きな鏡を見て立ち尽くしているロックとエドガーかもしれない。
 わたしはティナと顔を見合わせて言葉に詰まる。何て声をかけたらいいかわからない。それは、ティナも同じだったらしく、口を開くもののすぐに閉ざしてしまうといったことを何回か繰り返した。
「ロック。よね?」
 もう一度尋ねるとわたしの方を見てゆっくりと頷いた。
「どうして、こんなことに?」
 ティナが尋ねるとロックは目だけを床に落ちている手鏡へと移した。
「あれを覗き込んでいたら、こうなった」
 『アレ?』って、手鏡? ロックがあの洞窟から取ってきたっていう。
 手鏡に近寄ろうとすると、ロックがわたしの前に立ちふさがった。
「近寄るな」
「でも」
「……お前までこうさせたくない」
 その言葉に、胸が震える。でも。今はそんな場合じゃない。
 ロックはそんなわたしに気がついているのかいないのか、顔をそむけるとドアの方へと歩いていく。
「どこ行くの?」
「ストラゴスにこの呪いを解く方法を聞いてくる。鏡のことを知っているみたいだったから、何かわかるかもしれない」
 それだけ言って、ドアを開けるロックの仕草がとても可愛くて、でもそんな事は言ってはいけないしこの状況じゃ思ってもいけない。
「なら、わたしも行くわ」
「セリス」
「わたしも行くよ」
 エドガーがふらふらになりながらわたしを通り越してロックのそばへと進む。ショックから、少しは立ち直ったみたいに。
「わたしもこうなってしまったからね。聞く権利はある」
 気丈に振舞ってドアを開ける。そうか、エドガーの方が身長高かったんだっけ。今見ると一緒くらいに見えた。
「じゃあ、行きましょうか」
 ティナが柔らかく微笑んで皆頷く。
 呪いの解き方。わからないと困ってしまう。わたしがあんなことを言ったせい? とも思う。あれが本当になるなんて思いもしなかったから……。でも、もしわたしのせいなら。わたしはどうしたらいい? 呪いを解くには、どうすれば………………。






「魔法の鏡じゃと?」
 ストラゴスが眉を寄せてロックの方に顔を向けた。
「何それ。なんなの? おじいちゃん?」
 わたしと話していたリルムがその単語を聞くとすぐにロックたちの方へと加わる。久しぶりに会うけど、相変わらずというかなんというかって感じね。リルムらしいといえばらしいし。
「サマサの村の近くにあるから、何か知ってるかと思ったんだけど。知らないか?」
 椅子に座って出された飲み物を飲みながらロックが二回同じ事を言った。そして、う〜んと考え込むストラゴス。
「ねぇ、それなんなのよ。ジジイ」
 あーあ。リルムが言葉悪くなってきちゃった。おまけにストラゴスに向かっていつもの攻撃を出してるし。
「痛い。コレ、やめんか」
「なら、教えてよ」
 頬を膨らますリルムに渋々顔になるストラゴス。そんなに教えたくないものなの?
「確か、魔大戦以前にフィガロ王国から盗まれたものだったと思うゾイ」
「えっ。そんなのロックが盗むの?」
「トレジャーハントだって」
「泥棒じゃん」
「違う」
 リルムとロックのこの掛け合いもなんだかお決まりになってる。
「でも、あの鏡には呪いがかかってたはずじゃが」
「呪い?」
 今度はわたしが復唱する番。そんなものを取りに行くの? って、これじゃあリルムが言ってたことと同じになっちゃう。
「呪いってなんだよ?」
「わしも詳しくは知らん。なんせそれに関する文献を読んだのはもう随分昔じゃからのぅ」
「ジジイの役立たずー」
 リルムの容赦ない言葉にストゴラスの眉間に皺がよる。この二人にとってはこのやり取りは普通かもしれないけど、見ているこっちは冷や冷やするわ。全く。
「まぁ、また文献を調べればわかるじゃろ」
 いつものどこかつかめない笑顔で笑うストゴラス。仲間だったときはわからなかったけど、離れてみるとこんな感じだったっけと思う。
 皆とバラバラになって、一年はたつけど。まだ一年、もう一年。とりあえず、年の割には元気そうでよかったかな。そう言ったら怒られそうだけど。






「ただいま」
 ロックが一人でハントに旅立って三日後にようやく帰ってきた。一緒にチェックインしている宿屋にロックの元気な声が響き渡り、わたしは部屋から出て行く。
「無事だったみたいね」
 少しボロボロになった服と、顔の汚れ。でも、それだけですんでいるってことは、そんなに危険なところじゃなかったみたいで安心する。
 ロックが行ってる間。もし何かあったらどうしようって、そればかり考えてしまったから……。リルムやティナ、エドガーが村にいるからなんとかその考えも消えるけど。でも、一人になると心配でたまらくなる。だから、本当は今すぐにでもロックに駆け寄りたいけど、こんな公衆の場でできるはずないし。
「楽勝楽勝」
 笑いながら荷物を背負ってゆっくりと階段を上ってくる。
「ほぉ。じゃあ、早速だけどその品を確認させてもらっていいかな?」
 わたしの後ろからエドガーが出てきて、ロックの顔が曇る。
「お前なぁ。久々にセリスと逢ったのに俺にその喜びを感じさせないわけ?」
「どうせいつも逢っているのだからいいだろう? 仕事を優先させるのも大切だろ?」
 それは、暗に自分とティナのことを言っているんだろうか? 当のティナ自身はそんなエドガーの言葉の裏なんて気にしないでロックに向かってお疲れ様って言ってるし。
 エドガーも何かと大変そうなのは、変わらずね。
「はいはい。んじゃ、ちょっと待ってな。セリス」
 階段を上りきりわたしの頭を優しく撫でるとロックはエドガーと一緒に部屋へと入って行った。
「エドガーって、こんなにせっかちだった?」
「さぁ」
 ティナに聞いても、ティナは首をかしげるだけ。このカップルは一体どうなっているんだろう。そもそも付き合ってるのかどうかもまだわからない。今一歩踏み込めない感じよね。わたしが心配することじゃないと思うけど。
「とりあえず、わたしたちもその宝を見てみましょうか」
「そうね」
 ティナの提案にのると、わたしたちは一緒に部屋へと入っていた。
「ロック、わたしたちも……」
 そうして中に入った瞬間、わたしは目が点になった。多分隣にいるティナも。
「あぁ、セリス。ちょっと待ってくれ」
 部屋の中央で親密そうに話している二人の男の子。片方は金色の長い髪、片方は黒髪に青いバンダナを巻いている。服装に見覚えはある。さっきまで見ていた服装。でも、でも?
「あなたたち、誰?」
 ティナが思わず声にして部屋の中央にいた二人は怪訝そうな顔を浮かべてこちらを見る。
「何言ってるんだ?」
 バンダナをつけた男の子がそう言うけど、声がおかしい。少し高くてどこか幼い。顔をよく見ると、部分部分は確かに知ってる。ついさっきまで見ていた。そして待っていた顔によく似ている。でも、どう考えても背丈がおかしい。おかしすぎる。
 ロックは、わたしより背が高いはずだしエドガーだってわたしよりだいぶ背が高い。なのに目の前の二人はわたしの肩ぐらいの身長。ううん。下手したら肩より下かもしれない。
 この子たち、誰?
「セリス? どうかしたのか?」
 不思議そうな顔をする二人にわたしは言葉が詰まってしまう。何も言えず、ただ部屋の隅にある大きな鏡台を指差す。
そしてわたしの指に釣られて鏡台を見る二人。
駆け寄る二人。
叫ぶ二人。
一体、何がどうなったのかわからないわたしたち。
ロックとエドガーは?
二人は、どこへ行っちゃったの?!

つづく

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