気がつくと、机の上には手紙が一通置いてあった。
真っ白の封筒に、小さく黒い文字で書かれた宛名はわたしだった。
霞みがかった頭を振って頭をすっきりさせてみる。
窓を見ると、外は暗くなっていた。月明かりが優しく差し込んでくる。
夜になったから、
そっと封筒を手に取り裏返す。差出人は、レイチェル。
「レイチェルさん?」
その文字を読み、心臓を掴まれた様な気分になる。彼女がわたしに何故手紙を? ロックの事で?
少し震える手で封を切り、中から白い便箋を取り出す。四つ折りに折られているそれを、ゆっくりと開く。中からは黒く読み易い大きさで書かれた字が飛びこんできた。
『セリス様へ
はじめまして。と、言った方がいいのかしら? レイチェルです。
まずロックたちのことについて書いておくわ。ロックはまた旅に出てしまったわ。わたしにはよくわからないけど、ケフカを倒すため前の準備をしてくるんですって。
だからしばらく戻れないらしいわ。
準備……。どんなものがあったかを思い出してみる。確か、細々としたものだったと思う。
『そしてわたしが突然あなたに手紙を書いたのは、この事を伝えたかったから。これから昼間の事をあなたに知らせるために手紙を書こうと思います。自分に何が起こったか知っておいて方がいいでしょう?
レイチェルさんは、すごく気をつかってくれている気がする。いつか消えてしまうわたしなんかのために。
『とりあえず今日はここまでにしておきます。体に気をつけてください。 レイチェル』
読み終わって一息つく。
レイチェルさんがどんな人なのか少しわかった気がする。これが、ロックが好きな人。ロックを好きな人。
こんな人に、勝てるわけがない。勝つということ自体おかしな考えだけど……。
ロックといるとついレイチェルさんのことを忘れそうになる。でも、ロックの心にはずっとレイチェルさんがいて。レイチェルさんの心にもロックがいて……。わたしなんか、ロックに仲間扱いされるだけで幸せだと思わなきゃ。
わたしはロックに助けられた。だから今度はわたしがロックを助けなきゃ。それがわたしにできる精一杯の恩返し。わたしの意識はそのうち消えてしまう。それでも、ロックには幸せになってほしい。
「返事を、書くべきだろうか?」
呟いて、手紙を机に置いた。
書くとしても何を書けばいい? わたしが彼女に何を伝えられる? 夜に起こることなんて少ない。夜は寝る時間だ。なのに書くことなんてあるの? 自問自答して暗い思いが渦巻く。
考えていても仕方がないので、ドアを開けてそっと外へ出てみた。
冷たい風が吹きぬけ髪を揺らす。静まり帰った村を月が優しく照らしている。世界が壊れてしまっても、変わらない月。世界が壊れて、変わったものが多い中で珍しいもの。
この村に来るまでに甲板でこうして月を見ながら、ロックとこんな話をした気がする。それもどこか遠い昔のように思えてしまう。
もう一度、風が髪を揺らし体を震わせた。世界が壊れて、気温が低くなった。このままいて風邪をひいたら意味がない。
そう思って、家の中へと入っていく。
ドアを開け、中へ入ろうとした瞬間。視界が揺れた気がして、その場に思わずしゃがみこんでしまう。地面を触るが、揺れた気配はない。気のせい?
ゆっくり立ち上がって入ると、後ろ手にドアを閉める。
……きっと、気のせい。この数日いろいろあったから疲れたのかもしれない。今日はもう寝てしまおう。もう誰もここには来ないのだし。
手紙を手にとると二階へと向かう。疲れているのだから、あまり考えない方がいい。そう。あまり考えない方が……。
ふかふかのベッドの感触を背に感じた事で、意識が浮上してくるのを感じた。目を開けると、昨日と同じ景色が入ってくる。でも、今日は日の光をそんなに感じられない。
ベッドから出て窓の外を見ると、どんよりとした雲が広がっていた。重たくて、見ているだけで憂鬱になりそうな雲。これが、今の世界。この世界元の平和な世界にするために、ロックたちは戦っているのね。そして、セリスさんも。
窓から離れて改めて部屋を見ると、机に白い封筒が置いてあった。近づいて手に取ると、差出人はセリスさん。
賭けに、勝った。
そう思いながら中身を取り出して細かく並んだその字を追う。
『こんにちは、初めましてレイチェルさん。セリスです。
手紙でロックたちのことを知らせてくれてありがとうございます。
丁寧な文章。彼女の性格が字に現れているみたい。
『えと。手紙があったので返事を書きましたが、わたしの方にはこれといってあなたに伝えるようなことはありませんでした。誰も来ませんし、静かな夜でした。それだけしか書けなくてすみません。
仲間のことを教えてくれて、ありがとうございます』
短い文章だけど、わたしの手紙の返事が来た。それだけで。わたしは賭けに勝ったのだと確信した。
昨日、わたしの意識が途切れる前にと彼女と話す方法をずっと考えていた。そして手紙を考えた。
けど、わたしが書くだけの一方通行では意味がない。彼女からも手紙をもらはなければ、全く意味がない。それはわかっている。だから賭けたのだ。彼女なら返事を返してくれると期待して。そして賭けに勝った。
彼女と意思の疎通が出来たら……。
そうして一歩踏み出した瞬間。目の前が歪んで、思わずかがんでしまう。
何? 今の?
頭の中がどこかふわふわしておかしな感覚になる。こんな感覚に一度なった気がするけど、思い出せない。それに心臓のあたりが痛い気がする。
しばらくすると、目の前の歪んだ景色が元の正常な景色へと戻ってきた。机もベッドも歪んでいなくて、ちゃんと元の形をとっている。心臓の痛みも治まってきた。
嫌な予感がする。いえ、その予感は予感でないかもしれない。これから起こる現実。精神の、統合……。
嫌な汗が額に浮かぶ。息が自然に荒くなって、嫌な未来だけが頭をよぎる。
駄目。このままわたしが彼女の体を使って彼女になってしまってはいけない。この体は彼女のもの。彼女にしか主導権はないもの。
急がなくちゃ。でも、いきなりは話せない。もう少し、もう少し時間が……。
『セリス様へ
お元気ですか? と、わたしが書くのも変ですよね。
今日は特にこれといって変わったことはありませんでした。
気になったことといえば、天気が悪かったことくらいかしら。
さて、セリスは夜になったら起きるわけだけど。大丈夫かしら?
風邪とかひいていない? なんて、お節介かしら。
いつか、あなたに話したいことがあるのだけれど。また今度の機会にするわ。
では、体に気をつけて』
『こんにちは、レイチェルさん。
わたしは大丈夫です。夜にしか意識がないのだから、ほとんど寝るしかないし。大丈夫です。
あまりにやることがないので人に見つからないようにこっそり剣の訓練をしています。さすがに魔法の訓練はできませんが。あまりにもさぼっていると、力がなまってしまうので。
と、いってももうこの力を使うことはないのかもしれないけれど』
『セリス様へ
剣の訓練ですか。夜は手元も危ないかもしれないので気をつけてね。なんて、普段から剣を扱うあなたには愚問だったかしら。ごめんなさい。
どうぞわたしのことは気にしないでください。
あなたはあなたの思う行動をして。そして、二度とこの体をあなたが動かせなくなる。なんてことは言わないで。
まだ、未来はわからないのだから』
『こんにちは、レイチェルさん。
そんなことを言わないでください。
わたしは自分が決めたことを覆す気はありません。
確かに他人の体にこのままいるというのは違和感かもしれません。
でも、それもいつかレイチェルさんが復活するときにフェニックスに頼んでみようと思います。
やはり、自分の体の方が過ごしやすいでしょうし。それに、ロックもそのほうが混乱しないでいいと思いますし』
セリスという少女は本当に自己犠牲が強い子だと思う。何回か手紙のやり取りをしていて、彼女の性格が少しずつ掴めてきた。これは、彼女の今までの人生の中で身についたものなんだろう。そう考えるとつい溜め息が出てしまう。
ロックはこれほどまでに深い彼女の想いに気がついているのだろうか? いや、ロックは結構鈍いから自分の感情しか見えてないかもしれない。それに、わたしがこうしてここにいるということでロック自身も混乱してるかもしれない。
ベッドの近くにたてかけてある鏡を見ると、そこには金の髪を垂らした切れ長の目の少女が座っている。その少女がこの鏡を見ている。でも、意識は
なんとかして彼女を説得して、こんなことをやめさせなければ。このままでは、彼女が本当に消えてしまう。フェニックスの力が、彼女を消してしまう前に彼女に説得を。
わたしは手紙を書くためにベッドから立ち上がって机へと向かう。
その時、視界が揺れてわたしは床に伏せてしまう。
まただ。よく視界が歪んで立っていられなくなる。日ごとにこれが起こる回数は増えていく。これは、フェニックスの力の影響? その他には考えられないのだけど。
彼女は大丈夫かしら? わたしでも頻繁に起こるなら、同じ体を共有している彼女にも?
しっかりしなきゃ。はやく、早く説得を。
頭を軽く振って視界を元に戻せるようにしようとするが、変わらずグルグルと回る。
駄目。意識までおかしくなってきた。
頭の中が次第に白く霞みがかっていく。
駄目。まだだめ。彼女に、かのじょにわたしは……。
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