帰る場所を探して(4)




目を開けると、真っ白な空間だった。でもただ白いだけじゃな空中にドアがたくさん浮かんでいる。それも全部白いドア。そしてドアの前には少しだけの踊り場みたいなもの。ドアの先は見えなくて消えている。ただドアだけ。ドアのほかには階段が少しすつある。どの階段も逆さまや斜めで普通の階段じゃない。
 どこか見覚えのある風景。
「ここ、どこだっけ?」
 来た事はある。確か、つい最近に……。
「ここはあなたの夢の中みたいね」
 聞き覚えのある声に振り返ると、艶やかな黒髪を持ったかわいい人。レイチェルさんが立っていた。
「え?」
 どうしてここにレイチェルさんが? いえ、それよりもここはわたしの夢の世界? なんで? 夢の世界って、以前カイエンを助けるために入ったところ?
「なんでかはわからないけど。わたしとあなたはここに来たみたい」
「でも、なんでわたしの夢って……。レイチェルさんの夢かもしれないのに」
「なんでだろ。なんとなく、ここはわたしの世界じゃない気がしたからかな?」
 首を少しかしげてなんだかかわいらしい姿をする。わたしには、似合わないポーズだ。
「でも。よかった。やっとあなたとじかに話せることができる」
 本当に嬉しそうに微笑む。どうして?
 なんだかその笑顔が痛い。
 今まで手紙のやり取りをしていて、レイチェルさんは本当にわたしのことを気遣ってくれてるのがわかった。そしてわたしのことを励ましてくれた。いつかは消えてしまうわたし。でも、消えない方法を探してくれた。わたしは、もう消えてもいいのに。それが、ロックのためになるのなら……。それぐらいしか、わたしにはできないのに。
「ねぇ、セリスさん」
「はい」
 レイチェルさんに名前を呼ばれ、背筋を正す。何だか、しっかりしなきゃいけない気になる。
「やっぱり、この体はセリスさんの体だと思うの」
「え」
 そのことについては、手紙でもいろいろ言ってきた。でも、わたしは。
「レイチェルさん。そのことなら」
「いいえ。まだ十分に話していないわ。だいたい貴女、自分が何をしようとしているかわかっているの?」
「わかっています」
 自分の体を差出して、自分は消えてしまう。この意識はレイチェルさんのものになる。わかっている。でも、レイチェルさんならいいと思って。それが、それしかわたしにできないのなら。
「そ。なら、貴女のしていることがただの自己満足でしかないってこともわかってやっているのね?」
「!!」
 言葉が詰まってしまう。そんな言われ方をするとは思わなかった。
 なんだかもやもやしたものが胸に浮かんでくる。
「今まで辛い人生を送ってきたのはわかるわ。ずっと帝国にいて、気がついたら将軍と呼ばれるようになったんですって? ロックに昔そんな話をしたみたいね」
「なんでそれを」
 それは、魔大陸へ行く前にロックにポツリと言った言葉。ロックがわたしを仲間として受け入れてくれたのが嬉しくて。あの時、傍には誰もいなかった。なのに、何故?
「わたしが眠りについている間。わたしはロックと共にいたようなものなの。だからロックが貴女をどう思っているか。貴女がロックをどう思っているか見ていてはわかったわ」
 頬が熱くなる。見られていた。気づかれていた。わたしがロックをどう思っているか。
 穴があったら入りたくて仕方がない気分とはこのことをいうのだろう。なんだか、逃げてしまいたい。
「だからこそ。そんな人生だったからかもしれないけど。貴女は自分の周りを軽視している気がするの」
「そんなことは」
「全部がそうとは言わないわ。でも、今回貴女がやっていることは明らかに周りのことを無視している。だってそうでしょう? ケフカを倒さなくちゃいけないのに、優先させたのは自分の感情」
 言葉がどこかに刺さる。
「これがもし人のことを考えていたら、今ケフカを倒せない状況を作るのはどうかと思うわよね?」
「でも、それは……」
 ロックが決戦前にフェニックスの石を見つけに行っていたから。それがわたしのいない間ロックがずっとしていたことだから。それなら、あのままレイチェルさんが消えてしまうのはおかしいと思ったから。だから。だから!!
「そして、貴女が今一番考えなくちゃいけないのに、考えてないのは。わたしとロックの感情よ」
「え」
「あなたは今、ロックとわたしの感情を一番無視してるわ」
「そんな…」
 わたしはロックのことを考えて。だからこんなことを。
「とりあえず、わたしのことは考えないわよね」
「そんなこと!」
「そんなことないかしら? でも、わたしは生き返りたいなんて一度も言ってないわよ」
 冷たいレイチェルさんの目が刺さる。あんなに優しい雰囲気を持った人の言葉が、こんなに痛いだなんて。
「わたしはもう十分ロックに愛されたわ。これ以上ないというくらい。だから」
 そこで言葉を切って、レイチェルさんはわたしに向かって笑みをこぼした。
「今度は貴女の番よ」
 そう聞こえて、何も見えなくなった。
「今度は貴女が幸せになる番よ。わたしはロックに仮死状態になった後でも愛されていた。もう十分。いい加減に、もうみんな前を向きましょう」
「でも。でも! 納得いかないレイチェルさんがこのまま逝ってしまうなんて納得いかない! 生きなきゃ。わたしより、レイチェルさんのほうが生きなきゃいけないのに!」
――もうそろそろ、時間だ――
 前に聞いたことのある声が頭上からふってきた。そして、周りがほんの少し赤く染まる。
「フェニックス……」
 炎を身にまとい、ルビーのような二つの目をした鳥。翼を広げ悠然とそこに存在している。
――普通ならば一つの体に二つの精神が宿るなどありえない。だからすぐにどちらかが消えるはずだった――
 フェニックスがわたしたちを交互に見、そして首を振る。
――しかし予想外に強い精神だった。そのため、体の方が先にその負荷に耐えられなくなった。そこで体を守るため、我がここへ二人を導いたのだ――
「つまり、ここで決断しろってことね」
 レイチェルさんが腰に手を当てて、フェニックスを見る。
――最初の契約ではその娘を連れて行くことになっていた。それでいいのか?――
 わたしに問い掛けるフェニックス。これが最後の問いかけ。ここで答えたら、全てが決まる。わたしとレイチェルさんが……。
「わたしは」




 冷たい風が短く黒い髪を撫ぜる。その風に押されるようにして、男は家の中へ入って行った。
 家の中は明かりがなく、冷えた空気が充満していた。不思議に思って少し小走りで二階へと向かう。しかし、どの部屋も静まり返っていて暖かさをなくしていた。
 今は昼。レイチェルに何かあったか?
 思いついたらいてもたっても居られなくなり、男は慌てて家を飛び出した。
 レイチェルがそんな遠くに出かけるはずない。ましてや村のみんなに生き返ったことなど言っていない。いや、姿はセリスのものだから出かけてもわからない。って、そんな事考えているんじゃなくて!
 男は思考の途中で突っ込みを入れる。そしてふと気がついたら道に転倒していた。普段はしない失態に男は舌打ちするとゆっくり立ち上がった。
 空を見上げると、濁った雲に覆われていた。光の注がない世界。この世界を変えるために戦っている。でも、この世界を変えたとして、あいつがいなかれば俺にとって意味が半分なくなる。
「なさけねぇ」
 声に出してみて男は自分の状況を確認した。
 自分が留守にしている間に、自分が守ると言った人はいなくなってしまう。何度同じ事を繰り返せばいいんだろう。何度同じことを返すのだろう。もう、手放す気などないのに。
『ロック』
 男の頭にレイチェルの声が響く。弾かれたように周りを見るが、レイチェルはどこにもいない。でも、レイチェルは呼んでいた。男は再び駆け出した。以前にもこうして呼ばれてそして見つけたあの場所へ。


「みつ、けた」
 男は軽く息をきらして肩を上下させた。
 目の前には、金の髪を風にゆだねてなびかせている少女が背を向けて佇んでいた。
 男の言葉に反応して肩が微かに震えた。
「レイチェル?」
 男はゆっくり近づくが、何かに違和感を覚えた。何かがおかしい?
「ごめんなさい」
 少女のすぐ傍でやっと聞こえるくらいの小さな声。震える声。
「わたし、わたし」
 少女はこちらを見ない。顔を手で覆い、絶対に見せない。
「セリス、か?」
 男の問いかけに肩が大きく揺れ、そしてもう一度ごめんなさいと言った。
 女将軍と呼ばれ、リターナ―に属しても気丈に振舞っていた彼女が泣いている。それだけ胸に愛しさが溢れ男は後ろから少女を抱き締めた。きつく、もう離れないように。
「ごめんなさい。レイチェルを、わたし。わたしが悪いの。もっと早く消えていればあの人が消えなくて良かったのに。フェニックスがあの人をつれていくことも。あの人がそれを望んだとしても。でも!」
 こんなに取り乱した彼女を見るのは初めてかもしれない。いつも感情を表に出さなかった彼女が。こんなに。
「あの人がフェニックスに願ったの。その願いの強さにわたしは負けたの。心の強いものが勝つ夢の世界。そこでわたしは!」
 彼女の言っていることは、内容が正直よくわからない。
 でもレイチェルが彼女と話をしたことだけはわかった。レイチェルが……。
「すごく不謹慎かもしれない。でも、俺はお前が残ってくれてすげぇ嬉しい」
「……」
「レイチェルを生き返らせようとしたのは、けじめをつけるためだった。俺もレイチェルも。互いに互いを縛りすぎていたんだ」
「そんな」
「レイチェルを生き返らせて、謝って、それからお前に言うつもりだった」
 男の言葉に反応して少女は顔から手を離した。
「俺は、セリスが好きだ」
 強い風が二人を駆け抜け、髪を激しく揺らす。
「……」
 少女は口を開けたり閉じたりするだけで、声が出なかった。そんな自分に気がつくと、一度深く呼吸をした。
「でも」
 少女が口を開くと、男はさらに強く少女を抱き締めた。
「いつの間にか好きになってた。だから、レイチェルがお前の体に入った時はマジでビビッた。そして今日戻ってきてお前がいなくなってて心臓が止まるかと思った。もう二度と、大切な人をなくしたくない」
「ロック……」
「好きだ。もう離したくない。セリス」
 言葉を紡ぐたびに、吐息を感じるたびに少女の頬は赤く染まる。そして少女は言葉を返そうとするが、声が詰まって音は嗚咽しかでなかった。
「セリス?」
 男がゆっくりと腕を緩め、少女をこちらへ向かせようとした。
「そのままで」
「え?」
 少女の言葉に動きを止める男。
「そのまま腕を離さないで」
 少女の言葉に男は再び力を込める。
「このままで……」
 男は微笑み、また風が二人を駆け抜けた。
 髪を揺らす風に揺らぐことなく、立つ二人。そんな二人を見て静かに微笑む黒くて緩やかな髪の少女。
 少女は小さい唇で呟くと、風に身を任せ溶けていく。
 幸せに、と。つぶやきながら。




〜後書き〜

本当に久しぶりのアップです。やっと完成しました。
なんだか話的に微妙? とかも思います。
ん〜、わたしの中でレイチェルさんはなんだか儚いイメージとは離れたものになってしまいました。
セリスはかなり一本気な感じです。
こう書いていると明るい話を書かねば! なきになります・・・。
次に向けて、精進します!!!
また感想とかございましたら、メールや掲示板で気軽にどうぞです。

2006年2月12日アップ

終わり

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