突然、部屋が光に包まれたかと思うとわたしの目の前に淡い光に包まれた、今にも消えそうな女の人が立っていた。
泣きそうな顔で、こちらをじっと見ている。その顔はとても綺麗で、見ていると胸が苦しくなる。
見たことのある顔。綺麗で艶やかな黒髪。
「レイチェル・・・さん?」
口から言葉が勝手に出てくる。
わたしが言うと、彼女は小さく頷いてこちらへ手を伸ばして来る。
「もう……間がないから……たに」
途切れ途切れに聞こえる細く小さすぎる声。そして時折姿が揺らぐ。ロックは失敗したの? レイチェルさんは生き返らないの? やっぱりひびが入っていたから? そんな!?
「ロッ……と……緒に」
「駄目! ロックは貴方を生き返らせるために今まで頑張ってきた! 一人であんなに難しい洞窟を進んだ! だから! 貴方は!!」
静かに首を振り、優しい微笑を浮かべたまま彼女は口を開こうとする。
駄目だ。このままわたしに何か言って折角のフェニックスの力を使っては駄目。わたしなんかに使うより、ロックのために使って。ロックはあなたのことを、今でも……。
「フェニックス! お願い! レイチェルさんを蘇らせて! そのためならわたしなんでもするから!だから!!」
わたしが言うと、レイチェルさんは目を大きく見開き慌てて首を振る。
「何でもする! だから、ロックにこれ以上辛い思いをさせないで!!」
――その体、犠牲にすることになってもか?――
突然頭の中に響く凛とした少女のような声。その声にレイチェルさんは顔を上げて天井を見た。
そこには、赤い炎を身に纏い紅い目をした鳥が翼を広げてこちらを見下ろしていた。さっきまではいなかったのに。いつのまに? これが、フェニックス?
「えぇ。レイチェルさんが蘇るなら」
――なるほど――
手に冷やりとした感触が伝わる。
レイチェルさんがわたしの手に触れ、激しく首を横に振っている。厳しい、悲しい目で訴えている。
「でも、わたしにはケフカを倒す使命もある。この体を犠牲にしてもいいけど、でもそれはケフカを倒してからにして。いえ、そうでなくても。戦うときは!!」
――お前は、何をしようとしているのだ――
「わたしはケフカを倒して世界を元に戻す。もう、こんな世界は終わらせたいの」
――ケフカ?――
「三闘神の力を得て世界を壊そうとするもの」
――なるほど。世界を救うために戦うと――
「でも、レイチィルさんも生き返らせたいの。お願い、戦いが終わればわたしはどうなってもいいから、だから!」
――そのような、器用な真似我にはできぬ――
フェニックスが言った瞬間、心が凍るように冷えていくのがわかった。わたしには何もできないの?ロックの望みをかなえる手助けもできない?
自然と顔が下がってしまう。
――しかし――
その一言で顔を上げた。まだ、望みはある?
――今の我に完全な力はない。しかし、日のでている間だけならばお前の体にそのものの精神を移すことはできる――
昼の間なら、レイチェルさんをわたしの中へ。
――しかし夜になればそなたの体はそなたの者となる。そして、それを繰り返していれば、いつか体は一つの精神に統一されるであろう――
体がひとつに統一される。
――そのときに、お前は消えてしまうかもしれない。それでもいいのか?――
「かまわない。それで、あの人が幸せになるのなら。それでわたしはかまわない」
――ならば、目を閉じよ――
あの時、それでわたしの記憶は途切れた。
そして、気がつけば目の間にはロックがわたしをレイチェルと呼んでいた。あぁ、本当に昼間はレイチェルさんになってしまったんだ……。
コーリンゲンのロックの家。飛空挺に戻らず、わたしとロックはここで机を挟んで向かい合って座っている。
少し怒った顔のロック。
家の外はもう暗くなっていて、ふくろうが鳴く音が聞こえてくる。
もう、みんなは寝た頃だろうか?
「で、どうしてこんなことになったんだ?」
険しい顔をしてロックがわたしに尋ねる。わたしはまだ何も言っていない。何も。
「突然わたしの前にフェニックスが現れて、急に昼と夜で体が入れ替わるようになったの。ほんとに突然そう言われて。何がなんだか」
それだけ言うと、ロックは小さく息を吐く。
「本当に?」
「えぇ」
嘘をつく。本当のことを言ったら、ロックはきっと怒る。そんな気がした。ロックは優しい人だから。
「そっか。俺はまた、セリスが俺のため。とか言って何かしたのだと思って……」
「どうして、そんなこと言うの?」
「え?」
驚いたようなロックの顔。意外そうな目。
「わたしが、ロックのために何かをしたとしたら、それは重荷?」
「いや、そうじゃなくて」
「そうよね。わたしとロックはただの仲間ですものね」
自嘲気味に言ってから気づく。ロックが痛そうな顔をしていたことに。どうしてそんな顔をするんだろう。どうしてかなんて愚問?
わたしはロックを気づけた? やっぱりわたしじゃ駄目なのかもしれない。レイチェルさんじゃないと。
「とにかく。どうやらレイチェルさんは昼間の間だけわたしの体に蘇ることになったみたいね。それだけは確か。そうフェニックスも言っていたし」
ロックは肘をテーブルに立てて何かを考えているようだった。この沈黙が怖くて、わたしは無理やり話す。
「昼になればレイチェルさんになるのなら、今日はここに泊まってもいい?」
わたしの言葉にロックははじかれたように顔を上げた。
「え?」
「だって。朝起きていきなり飛空挺じゃあ、驚いてしまうでしょ? レイチェルさん」
「あぁ。そうだな」
静かにそう言って、ロックは席を立った。
「ベッドは二階のどれを使ってくれてもかまわない」
「ありがとう」
「じゃあ、俺は飛空挺に先に戻ってるな」
「あっ……うん」
ロックはわたしの顔を見ると急に頭に手を置く。
「何?」
「いや……。まぁ、エドガーたちにもこのことは言わなきゃいけねぇからな」
「そうね」
わたしは昼間きっと戦えない。
フェニックスにあぁは言ったけど。昼間戦えないなら、きっと先頭メンバーから外される。それに、ケフカとの戦いにも……。
それを考えるとやりきれなくなる。自分で決めたこととはいえ、何を足手まといになっているんだろう。
「じゃあ、また明日」
ロックはそう言って、いつものように微笑もうとして、失敗した顔を浮かべてドアに手をかけた。
「待って」
わたしが呼ぶとロックは立ち止まり、こちらを首だけ振り返る。
「ロックはレイチェルさんが蘇ったら、やっぱり嬉しい?」
ロックの表情の変化を見逃さないように、食い入るように見つめる。少しでも、変化を見逃しちゃいけない。
「そうだなぁ」
ロックは一度天井の方に顔を向けると、こちらへもう一度向けた。
「まぁ、けじめはつけなきゃいけないからな」
答えのような答えじゃないような事を言って、ロックはドアノブを後ろ手にして出て行った。
ポツンと静かな部屋に残されて、机に顔を伏せてしまう。
今更、いろいろな後悔にも似たような、でも違う感情が浮かんでくる。
昼間はレイチェルさんが、この体に蘇る。その時ロックはどうするんだろう。そして、レイチェルさんはどうするんだろう。
わたしがフェニックスにお願いしたとき、レイチェルさんは必死に首を横に振っていた。わたしに声をかけようとしていた。わたしを、止めようとしていた。
わたしのやっていることは、馬鹿なことなのだろうか……。そう思うと、やりきれなくなる。わたしなりに最善の方法を選んだつもりだった。でも、今のところロックにはよく思われてないみたいに見える。
「ロック」
呟いたら、涙が出そうになった。でも、わたしが泣くわけにはいかない。
上を向き、涙を堪えて立ち上がる。しっかり睡眠を取らなければいけない。もう、わたしの一人の体ではないのだから。朝になれば、この体はレイチェルさんが使う。だから、しっかり暖かい場所で体を休めないと……。
ゆっくりとした動作で階段を上る。ロックに言われたとおりベッドはいくつかあったので一番ドアに近いものを使わせてもらった。
長年使っていないから埃臭いと思っていたけど、そんなことはなかった。よく、掃除がされていた。
あの地下にいたおじいさんが掃除をしていたのだろうか。いや、そんなようには見えないが。なんてことを考えながら、わたしの意識は闇に溶けていった。
日の光が眩しくて、目をそっと開ける。その感覚がどこか懐かしい。
目を開けて一番に目に入ったのは見慣れたような天井。眩しい光の方を見ると、小さい窓からもれていた。
ここはどこ? 眠っていた思考を呼び覚ます。わたしはもう死んでしまったはずでは? でも、こうして生きている。ベッドから降りて床に足をつける。ひんやりとした感触が伝わる。
立ち上がると、いつもより視点が高い気がした。でも、気のせい?
ドアに近寄り、ゆっくりと押す。階段を下りるとわたしの家とは違う部屋が広がっていた。キッチンが近くにあったから、キッチンへ行き水道の蛇口をひねる。少し水が溜まるまで待って、それから手を水の中へ入れようとして、止まる。
水の中には見たこともないような金色の髪をなびかせ、鋭い蒼い目をした女性が映っている。
これは誰?
慌てて水場から離れてみる。髪に手をかけると、さらさらとした感触と共に、金色の髪が視界に入った。
記憶が洪水のように突然押し寄せてくる。
フェニックスによってロックともう一度会えたこと。フェニックスに願いをかけた金の髪の女性。そして、記憶が途切れる瞬間の驚いた顔をしたロック。
全て真実?
もう一度水に近づき、そっと映った顔を見る。
とても綺麗な、白い肌。小さい唇。金の髪、蒼い瞳。
わたしは彼女の中に、本当に入ってしまった……。
彼女のことは、ロックを見ていたから知っていた。ロックが彼女に惹かれていったのも、彼女がロックに惹かれているのも知っていた。
その彼女が、わたしを蘇らせたいと言っていた。
彼女とはもう一度話をしなければないないと思う。彼女のやり方では誰も幸せにならないということを、彼女はわかっているのだろうか? 確かにロックのためだと行動を起こすことは大事だと思う。でも、それだけじゃ駄目だと、彼女に伝えなければならない。
彼女ともう一度話をしなければ……。
「えっと」
後ろで、躊躇いがちな声が聞こえた。
振り向くと、困惑したような顔でロックが立っていた。手には、湯気を立てたスープとお皿に乗ったパンをそれぞれ二つずつ乗せたお盆を持っている。
「ロック」
「レイチェル……か? 今は」
「そうよ」
微笑みながら言うとロックは複雑そうな顔をしながら机にお盆を置いた。
「これ、飛空挺から持ってきたんだ。とりあえず一緒に食おうぜ」
ロックも微笑み、椅子に座ってわたしを待つ。わたしは近づき、椅子を引いて座るとパンを手に取った。
「いただきます」
物を口に含むという行為自体、すごく久しぶりな気分だった。
それもそうだと思う。わたしはずっと眠っていた。死んでいたと言っても間違いじゃないと思うほどだった。そんなわたしが生きて、こうして動いて、そして食事をしている。とても、不思議な感覚。
「そういえばロックは、これからどうするつもりだったの?」
「ん?」
スープを口に運びながら、キョトンとした表情になる。口の中のスープを空にすると、口を開いた。
「とりあえず、まだモグのいたナルシェに行って俺たちを探してる爺さんがいるらしいっていうから会って。んでもって、モノマネが上手いやつがいいるらしいから会いに行って。まぁ、ケフカを倒す前の準備かな。あっ、ケフカっていうのは」
「知っているから大丈夫よ」
柔らかくそう言うと、ロックはそっかとまた複雑そうな顔をした。
ロックは、どうしてわたしが知っていりかの理由を聞かない。言わなくてもわかっているとは思えないけど。ロックらしいかな、とも思う。
「んで、レイチェルのことなんだけど」
「えぇ」
「やっぱ。夜にはセリスになるとはいえ、戦いには連れていけない」
わかっていたことだ。わたしには彼女と違って戦う力はない。
わかっていたけど、どこか胸が痛い。これはわたしの痛み? それとも彼女の痛み?
「わかっていたわ」
「わりぃ。俺は仲間と一緒に行くけど。ここにはできるだけ顔を出すようにする」
「無理しないで。って、わたしが言っても仕方ないかな? セリスさんもこの中にいるんだし」
「そう言われると、複雑だ」
苦笑いを浮かべ、ロックはパンを口に運ぶ。
「ねぇロック。今いえるうちに言っておくわ」
「ん?」
口いっぱいに頬張りながら目だけで会話をするロック。
「あの時、記憶をなくしてしまって。あなたに辛い思いをさせたわ。ごめんなさい」
そう言うと、ロックは顔の前で手を左右に振る。まだ口の中がいっぱいで話せないせいで行動で返事を返す。
それから、二人で朝食を摂りロックは出て行った。
彼女にも会っていけばいいのに。と、思ったけど彼女が現われるのは夜。話をするのは難しいかもしれない。それに、ロックの方も少し頭を整理する時間が必要だと思う。
世界を救いつつ、二人とも互いのことを気にかける。わたしにはできないことだけど。わたしでもできることはあるはず。
そう。それは例えば、彼女にわたしの話を聞いてもらうこととか……。
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