帰る場所を探して





「セリス。ここで待っていてくれないか?」

 ロックはそう言って地下へと降りて行った。
 フェニックスの洞窟からフェニックスの魔石を持ち帰って、今コーリンゲンのロックの家にいる。ロックに連れられて、わたしはここにいる。地下へと続く階段の前で、立ち尽くししかできない。
 ロックはレイチェルさんを蘇らせたかった。そんなことは、出逢った頃からわかっている。でも、言いようのないものが胸の中に渦巻いてしまう。
 ロックが願うなら、レイチェルさんには生き返って欲しい。そのために、ロックはここまで頑張ってきた。出逢ってから近くで見ていたからよくわかる。
 だから……。フェニックスよ。ひび割れているとしても、ロックの願いを叶えてあげて。そのためには、わたしは何でもするから…。
 その時、地下から光が溢れてこの部屋まで包み込んだ。




 ロックが魔石をかざすと、魔石は浮かび上がりレイチェルの上で静止した。そして、淡く優しい光で部屋を包み込んだ。その眩しさにロックは眼をつぶってしまう。
「うわあー 魔石がくだけ、くだけ…。砕け散ったよー!!」
 その中、爺さんの声だけが響き渡った。
 やがて光は徐々に強さを失い、ロックはそっと眼を開けた。
「!」
 ロックの目の前には、艶やかな長い髪に、漆黒の瞳を持ち、愛らしい小さな紅い唇を持った女性。レイチェルが淡いピンクの光をまとい、静かに佇んでいた。
「レイチェル」
 ロックが小さく呟くと、レイチェルは優しく微笑む。
 その変わりのない笑顔にロックはどこか安心した。それは、彼女が記憶をなくす前にいつもロックに向けていた微笑み。とても懐かしい微笑み。
「ロック」
 レイチェルもロックの名を呼び、二人はしばらくの間見つめあった。
「ロック…会いたかった。話したかった…」
 今にも泣きそうな顔で、言葉を紡ごうとするレイチェル。
 そんなレイチェルにロックは手を伸ばそうとするが、躊躇してやめた。
「フェニックスが最後の力で少しだけ時間をくれたの…。でも、すぐに行かなければならない……。だから…あなたに言い忘れたことを」
 レイチェルは瞳に光り輝くものを浮かべてロックを見つめた。
 そして、口を開こうとした瞬間。急にレイチェルの姿が霞み始める。
「! レイチェル!」
 ロックは叫び、手を伸ばすがその手は虚空を掴む。レイチェルの体は霧のように溶け、やがて全てを消し去ってしまった。
 それは一瞬の出来事。言葉を紡ぐ時間もましてや思考を巡らせる時間もなく、起こってしまった出来事。後には何も残らなかった。
 レイチェルが寝ていてベッドには微かに彼女が寝ていたという重みを残していた。それしか彼女の存在を表すものはない。 「魔石も砕けてレイチェルも砕けたよ!! こりゃ大変!!」
 傍で大きな声を出す老人の声はロックには聞こえなかった。目の前で起きた事が理解できず、認められず。こんなにあっけないはずではなかった。これでは自分が今まで追ってきたことはなんだったのかと。同じ思考ばかりが巡ってくる。




―――ロック―――。
 どれくらいその場にいたのわからないが、突然耳元に心地よい自分を呼ぶ声が聞こえてきてロックは眼に光を取り戻した。 「セリス」
 呟くと、ロックは上へと駆け出す。
 慌てて階段を駆け上がり、部屋に出ると見渡す。しかしセリスはどこにもいない。それどころか、家に入る頃は明るかった窓の外が今では赤い染まっていた。
「セリス!」
 部屋中探すが、セリスはどこにもいなかった。
 ロックは慌てて外へと飛び出し探し回る。家の前にいた人々に話を聞くが、誰も答えない。焦るロックにできることは、ただ村を探すことだけ。狭い村だから、きっと見つかるはずだと信じて。

「見つけた……セリス」
 小さく呟いてロックは激しく肩を上下さけながらセリスに近づく。
 セリスは後ろを向いたままじっと目の前で沈んでいく夕日を見ていた。
 村はずれのちょっとした丘の上。赤い夕日に照らされながら、爽やかに吹き抜ける風がセリスの金色の髪を揺らした。
「セリス。どうかしたか?」
 ロックがセリスの隣に立ち、顔をそっと見る。セリスは悲しそうな顔で、ただ彼方を見つめている。
「ロック」
 涼やかな声と共に、セリスがロックを見つめる。どこまでも蒼いその瞳に見つめられて、ロックは息を呑む。
「セリス?」
「ロック。わたしがわからないの?」
「は?」
 突然発せられた言葉の意味を考えてみるが、ロックの頭にはハテナマークが浮かぶだけだった。
「ロック」
 次第に潤んでくるセリスの瞳に慌てながら必死に頭を使う。
「えっと。セリス……」
 そこまで言いかけて、セリスがアルテマウェポンを持っていないことに気が付く。寝る時でさえ自分の手の届く範囲に置いている大切にしている剣。魔封剣の時には使えないが、普段の戦闘ではこれが一番使いやすいのだと大事にしていたもの。それを持っていない。
 待っていてくれと言った時には確かに腰に携えていた。それがいつの間にか、消えている。
「じゃない」
 ロックが言うと、その女性は小さく頷いた。そして、ロックに向かって暖かく、優しく微笑む。その笑顔には見覚えがある。その微笑を自分にするのはただ一人。そう、セリスとは違う微笑み方。
「レイ……チェル?」
 呟いたロックの言葉を肯定する目の前の女性。言葉を失うロック。
「そんな。でも……。え?」
「セリスさんが」
「ん?」
「あの時。わたしが消える寸前に声が聞こえて。そして気が付いたらわたしはこの体になっていたの。あの声は、多分セリスさんだと思う」
「セリスが?」
「確証はないんだけど。でも」
 彼女しか考えられない。と、レイチェルははっきり告げた。
「セリスが、レイチェルに? でも。え?!」
 ロックは頭を抑えて頭をかく。
「ロック。わたし……」
 そこまで言うと、レイチェルは急に胸を抑えてその場に崩れようとする。そんなレイチェルの体を慌てて支えるロック。
「レイチェル!」
 柔らかく閉じられた目に、ロックは呼びかける。
 日は暮れ、空気は冷え出す。相変わらず風は吹き続け、二人の髪を優しく撫ぜていく。

「ん……」
 何度目かの呼びかけの後、ゆっくり開けられた蒼い瞳にはロックの瞳が映る。
「レイチェル」
 その言葉を聞いた瞬間、彼女の瞳が強張った。先程とは違う変化にロックは訝しがる。
「ロック……やっぱりレイチェルさんのこと」
「え?」
 悲しそうに目を伏せて、ロックから体を離す彼女にロックは戸惑うしかない。
「レイチェルじゃないのか?」
「何を言っているの? わたしはセリスよ?」
 今にも泣き出しそうな顔を隠し、必死に言葉を紡ぐ少女にまたもロックは頭を抱える。
「セ……リ……ス?」
「えぇ」
 その言葉を聞き、ロックはその場に膝を付いてしまう。セリスはそんなロックに慌てて声をかけるが、ロックは何も言えなかった。いや、理解すらできなかった。
 目の前の女性はレイチェルだと言い、そしてセリスだと言う。
 ロックには、わからなかった――――。

帰る場所をさがして(2)へ


戻る
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送