☆たった一つの言葉☆




  「俺達が示してみればいいではないか」
  「え?」
  「それがまことのことであるかどうか」

 私が幻獣界を去ろうとした時、あの人はそう言って私を引き止めてくれた。
 人間世界には居場所がない私を。幻獣界にいても居場所がない私を。
 引き止めて、私に居場所を作ってくれた。
 人間ではない彼が…………。


「カトリーヌ。ここの暮らしには慣れたか?」
 彼が優しくそう言って、私の肩に手を置いた。
「えぇ。少しずつだけど」
 彼の方を見て、再び手元へと視線を移す。
 リズムよくまな板の上で野菜たちが切り刻まれて、そしてフライパンの中へと入っていく。
 後は、味付けをしながら炒めるだけ。
「やはり手際がいいな。俺とは違うな」
 からかうように言うと、後ろから私を抱きすくめる。
「ちょっ、今ご飯の準備してるから。その、あの」
 全身が堅くなって熱くなる私の反応を見ると、満足したように離れる彼。
「じゃ、席について待ってるよ」
 軽く言って、テーブルへと去っていく。
 そんな彼の姿を見ながら、ふと我に返ると野菜がかなりいい色になっていた。
 少し、失敗したかも?

 自分でも、何やってるんだろう。って時々思う。
彼は幻獣で、私は人間。
全然違うモノ同士がこうやって一緒に暮らして、3ヶ月がたった。
まだ3ヶ月。とも思うし、もう3ヶ月。とも思う。
彼はここになじめない私にいつも気を遣ってくれる。
私に負担をかけないように、適度に力を抜かせてくれる。
最初は、優しい人なんだと思った。
ただ、それだけだと思ってた。
でも、今は…………。
いつもあの人はわたしを気遣ってくれる。
それはわたしが人間だから?
でも、それは……。

「マディン。マディン!」
彼を呼ぶ声と同時に家の扉が開かれて、羽を背につけた小柄な女の人…が入ってきた。
その人は、彼を見つけると他には目もくれず抱きつく。
「え?」
 小さくもらした声にしまったと思ってしまう。
わたしったら、なにを言ってるの?
こういうことは、この世界では普通のことかもしれないのに。
「ウィン。お前、起きたのか?」
「うん!」
元気いっぱいに答えて、彼からやっと離れる。
そこでようやく私と目があった。
「誰?」
目つきがやけに険しくなってる。
わたしに対して、そんなに敵対心を出すの?
「あぁ。カトリーヌ。一緒に暮らしている」
 淡々とそう言って、私は軽くウィンさん(?)に頭を下げた。
「人間? が、どうしてこんなところにいるの?」
 もっともな台詞を口にする。
 ここは幻獣界。わたしは人間。
 こんなとこにいていい存在じゃない。
 でも、彼は…………。
「あぁ。いいんだ」
「ちょっ。いいって。マディン!」
「いいんだ」
 私には、彼がどんな顔で向こうを見ているのかがわからない。
 でも、ウィンさんの方は彼の表情を見て、強張った顔をするといきなり家を飛び出して行った。
 私のせい?
 ここは彼がいるから居心地がいい。
 でも、そのせいで誰かが嫌な想いを?
「カトリーヌ?」
 彼が、私の顔を覗き込んでいた。
「何?」
「気にするなよ。ウィンのことは」
 そう言って優しくわたしを包み込んでくれる。
 気にするな?
 無理、よ。
 だって……彼女は貴方の事を……。
「ねぇ、あの人。眠っていたっていうけど」
 そこで、言葉が途切れてしまう。
「あぁ」
 彼は、わたしを後ろから優しく抱きしめながら、言葉をつむごうとした。
 彼の周りに少し影が見えたきがした。
「魔大戦。は、知っているだろう?」
「えぇ」
 昔、幻獣と人間の間に起きた戦争。
 その傷跡は大きくて、そして幻獣たちがこの地へと隠れ住むきっかけになった戦争。
「その時、同胞の多くが死んでしまった」
 彼の声が固く、そして冷たく聞こえる。
 私に対して言っているんじゃないはずなのに、心が、どこか痛くなってしまう。
「そして、多くの同胞が大きな怪我をおった」
 人間と幻獣の、悲しい戦い。そして、意味のない……。
「その際に、傷のおった同胞を眠らせれることで回復させることにしたんだ。幻獣は人間より回復力が強いからな」
 眠ることで体を回復する。
「ウィンは、その時に一緒に眠らせられた同胞のうちの一人だ。やっと出られたみたいだな」
 その言葉だけ、どこか温かさを含んでいる。
 胸が、ちくりと痛い。
 やだ、彼とウィンさんはただの知り合いじゃない。
 でも、私と彼も。ただの知り合い?
 いえ、知り合いならあんなこと言われないかしら?
 一緒に相容れないかどうか証明する、なんて。
 でも、私は彼から愛の告白の類を聞いた事がない。
 それを求めるのは間違ってるかもしれないけど。
 でも、期待と諦めの狭間で心は揺れる。
 ここに来て少したつけど……。
 わたしは本当にここにいていいの?


続く
 
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