物心つくころにはお母さんしかいなかった。でも、お母さんもすぐに死んじゃったからわたしを育ててくれたのは実際おじいちゃん。おじいちゃんとは血のつながりなんてものはないけど、そんなの関係なかった。関係なく口うるさく何か言ってくるし、優しいし。おじいちゃんに何の文句もない。でも、ふと気になる事がある。
わたしのお父さんってどんな人?
お母さんに小さい頃聞いても、ちゃんと答えてくれなかった気がする。お父さんの話はなんだか聞いちゃいけないみたいで。でも、時々知りたくなる。
お父さんは、誰?
―わしゃ、な〜んも知らんゾイ―
下からおじいちゃんの大きな声が聞こえてくる。もう年なんだからそんなに怒鳴らなくてもいいのに。それより、誰に向かって言ってるの?
ゆっくりと、足音を忍ばせて下へ降りていく。おじいちゃんの他にも何人かの声。男の人と、女の人。
降りてドアを開けると見たことのない人たちがいた。
「リルム!」
緑のふわっとした髪をしたお姉さんと、バンダナでグレーの髪をしたお兄さん。それに、吊り上った目をしたかわいい犬と、全身黒く覆われている人。顔が見えなくて、性別がわからない。誰? この人たち。
「おじいちゃん。誰、そこの人? 新しいお客さん? この人も魔法を使う人なの?」
「あわわっ。こら!」
一気に言ったらおじいちゃんが慌てて手を上下に振ってる。意味がわからない。視線をおじいちゃんからお客さんたちに移すと可愛い犬に止まる。黒くて中型くらいの大きさの目に強い光を持った犬。
「まあ、可愛い犬」
言いながら近寄って頭に手を伸ばす。
「よせ。噛みつかれるぞ」
低く重い声に一瞬固まってしまうけど、犬のほうから手に顔を近づけてくる。くんくんと匂いをかいで、すりんと手に顔をこすりつけた。
「かわいいなぁ」
「これ! お前は奥に引っ込んでいなさい」
おじいちゃんが何か叫んでる。
「何よ!」
「いいから!」
いい返してもおじいちゃんは怖いような顔でわたしに言ってくる。わたしだけ仲間はずれにするつもりなんて。
「この、頑固ジジイ!! イ〜ッだ!!」
そう叫んで、犬と一緒に上へと向かう。
何よ! そんな言い方しなくてもいいじゃない! ジジイの馬鹿!!
ぺろっ。
わたしの頬に冷たくて生ぬるいものが当たる。
くぅうん。って、鳴き声に怒りが解けて犬を抱き締めた。
「ねぇ、どうしてわたしにこんなに懐いてくれるの?」
あの怖い人は『噛み付く』って言ってたのに。もともとわたしは動物に好かれるけど、でも初めて会ってここまで好かれたことはないかな。なのに、そうして?
―インターセプター、行くぞ―
わんっ。
下からあの男の人の声がして目の前で小さく吠えると階段を下り始める。
「待って」
言って後から続く。インターセプター。それがこの子の名前かぁ。
階段を下りたところでインターセプターちゃんが待っていたからドアを開ける。すると、飼い主っぽいあの怖い男の人へと一目散にかけて行く。なんだか、さみしい気がする。
「バイバイ」
手を振ると、インターセプターちゃんは一度こっちを向いて吠えるとそのまま家を出て行った。
お客さんがみんな居なくなって、なんだか静まり返った
家になっちゃった。もともとわたしとおじいちゃんの二人しかいないけど、それが余計感じられる。
「ねぇ、あの人たちなんだったの?」
「さぁのぉ」
「魔法使えるの?」
「!」
わたしが言うと、おじいちゃんが厳しい顔になってこっちを見る。またお説教? 嫌だなぁ。なんだか。
「リルム。外でそんなこと言っちゃいかん」
「何でよ」
「それが村の決まりだからじゃ」
「へ〜んなの!」
両手で口を引っ張って舌を出すと、おじいちゃんは呆れたような顔でこちらを見る。
「まったく。さて、わしはちょっと出かけてくるからリルムは家にいるんじゃぞ?」
それだけ言うとすぐに家の外に出て行った。変なの。なんだか、おじいちゃんそわそわして何か隠してるみたい。それも、わたしに対してだけ。それって……おもしろくない。全然。
だから、後をつけてやれ!
おじいちゃんが家を出てから少し時間を置いて家のドアを開けてみる。おじいちゃんは家を出て左に曲がって行く。そこでわたしも静かに家を出て跡をつけてみる。今までにこうして跡をつけたことは何回かあったし今度も大丈夫。なんたってわたしだし!
物陰にかくれながらおじいちゃんの動きを追うと、次は右に曲がった。このまま行くと、村長の家に着くなぁ。じゃあ、村長に用事? そう思っていると、案の定中へと入って行った。何だろう?
中にはさすがに入れないからドアに耳をくっつけて会話が聞こえないかどうか試してみる。
「あら、リルムちゃん。何してるの?」
「あっ、おばさん。ちょっと待て今おじいちゃんの話を聞いてるから」
「相変わらずねぇ」
そう言いながらおばちゃんは通り過ぎていく。今までこうやって聞き耳たてることとかよくあったから周りも慣れた反応になってなんだからない気がする。って、今はそれどころじゃないか。
「……魔法……三闘神」
おじいちゃんの声がボソボソと聞こえてくる。でも、よくわからない単語。サントウシン?
「リルム…………父親……。もしかして」
お父さん? その単語に頭が白くなってしまった。もっとよく聞こうと思って耳をくっつけるけど、そこから先はホントに声が小さくなってしまって何を言っているのかよく聞こえない。わたしに関係してることなのに本人が聞こえないってどういうことよ!
わたしのお父さんに関係すること? 顔も名前すらわからないわたしのお父さん。今生きているのかもわからない。そんなお父さんの話を、どうして今ごろ?
「リルムちゃん、どうしたの?」
頭の上からさっきのおばちゃんの声が降ってくる。まだ、いたんだ。
「リルム?!」
その声が部屋まで聞こえたのかおじいちゃんが驚く声がして、わたしは慌ててドアから離れて走り出した。
こんな小さい村の中じゃどこに行ってもすぐ見つかっちゃう。でも、聞き耳立てていたって今は見つかるわけにはいかない。いつもと違って。
ドアから離れてとりあえず家に向かって走ってみる。でも、今更家に戻っても聞き耳立てたってバレてるならあまり意味ない気がする。ぴたっと止まると左に曲がらなきゃいけないところをそのまま真っ直ぐ向かう。そして見えてきた大きな屋敷に足を進めて、出口のところにいる男の子の前で止まった。
「リルム。どうしたの?」
きょとんとした顔に詰め寄って声を出してみる。
「かくまって!」
その言葉で男の子は何かを察してくれたみたいに頷いてドアを開けてくれた。
「ありがとう!」
「いつものことだからね」
まぁ、そうなんだけど。おじいちゃんと喧嘩したら大抵家の二階にこもるかこの家に来るかだしなぁ。もう慣れてしまったもので。玄関から入って同じようなつくりの部屋を適当に通り過ぎて部屋の奥の奥まで向かう。ここならしばらくの間おじいちゃんは来れないだろうし。うん。
部屋に着いて奥まで行くと、その場に座り込んだ。
なんだか今日はいろんな事があったような気がする。お客さんが来たり、可愛いインターセプターちゃんに懐かれたり、おじいちゃんたちの話を聞いてしまったり。インターセプターちゃんの飼い主、なんだか怖そうだったな。あんな人が飼い主だったなんて。それに、おじいちゃんは一体どんな話を?
考えていたら、なんだかまぶたが重くなってくる。
わたしのお父さん? どんな人だろう。生きているの? 生きているなら、わたしのことは知ってる? 生きてるなら、わたしはお父さんに逢いたい?
そんな事を考えながら、意識が遠くなっていった。
「リルム。あなたのお父さんはね」
お母さんが、わたしのかみをなぜながら言ってくれる。
「おとうさん?」
「そう。あなたのお父さんは、とても優しい人なの」
やさしい?
「それに、とても強いの」
つよい?
「でも、おとうさんいないよ?」
「そう。とても優しくて強いから、今は遠いところに行っているの」
とおいところ?
「いつかあなたにも逢わせてあげたい」
おとうさんとわたしが、会う。
「とても素晴らしい人なの。だから」
だから?
お母さん、その続きを教えて? お父さんがどうしたの? ねぇ。お父さんとわたし、逢えるの? お母さん?
なんだか煙たくて、視界がおかしい。黒い煙があちこちから出ているし部屋全体が熱くて、体も熱い。わたし、どうしちゃったんだろう。体がだるくて、動けない。
わんっ。
目だけ声の方にやると、インターセプターちゃんがわたしを見ていた。
「どう、して?」
変だ。力が出ない。どうして?
また、目が重くなってきた。さっき少し寝たはずなのに、また眠くなるなんて……。眠いからか、熱いのがどこかへいった気がする。
わんっ。
インターセプターちゃんが、わたしの服を一生懸命引っ張ってる、でも、ごめんね。なんだか眠くて動けない。どうしてだろう?
ひゅーん。
上から、人が降りてきた。黒い服の男の人。
インターセプターちゃんはその人に駆け寄って行く。その人はわたしの方へ来ると、顔を覗き込んだ。
暗い闇のような目をした人、でも、その目はとっても優しくて、優しくて。こんなに優しい目の人がお父さんだったらいいのに、なんて思った。優しい人がお父さんなら、インターセプターちゃんに優しい人がいいな。
「リルム、か」
男の人が呟いて、服の中をごぞごそすると、小さくて丸いものを出した。
「脱出するぞ。けむりだま!」
男の人が丸いものを床に投げつけると、白い煙が舞い上がり部屋を包み込んだ。
そんな中、わたしは誰かに背負われていた。とっても温かくて、優しくて。
「おとう、さん」
もし、いたならこんなお父さんがいいな。わたしがピンチの時には駆けつけてくれる。そんな、お父さんがいいな。インターセプターちゃんみたいに。インターセプターちゃんの飼い主みたいに。
そんな人が、お父さんだったら…………。
その後、目が覚めたら家のベッドにいてやっぱりおじいちゃんに怒られた。もちろん言い返した、お客さんが助けてくれたからお礼も言った。でも、またわたしを置いていこうとしたからまた跡をつけたけど。
今でもふと思い出す。あの優しい目。あれから、あの男の人には逢えなかったけど。あの人がお父さんかどうかなんて全然わかんないけど。でも、あんな風に優しい目の人がいいなと思う。
どこかにいるかもしれないわたしのお父さん。いつか、いつか逢えるかな?
〜後書き〜
お久しぶりです。今回はリルムの話をアップしました!
なんていいませすか、好きなんです。親子愛(爆)
本編には親子愛なんて出ていません。えぇ出ていません。
でも、あのラストのシャドウを見ると……まじで?! みたいな
で、ついに書いちゃいました(笑)
親子愛の同盟を探しているのですが、まだ見つからないのです。
あったら絶対入るのに……
なにはともあれ、よんでくださってありがとうございます〜。
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2006年5月8日アップ
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